一つのナラティブがいかに制度をのみ込み、信教の自由を危機にさらしたのか。文芸評論家、弁護士、元国会議員の三人が検証する。
マッシモ・イントロヴィニエ
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この対話に登場するのは、一般の政治論議ではなかなか一堂に会することのない、異なる経歴を持つ三人である。小川榮太郎氏は文芸評論家として知られ、日本の言論空間に繰り返し現れる歪みと長年向き合ってきた。弁護士の徳永信一氏は、風評ではなく、実際の法律実務を通して家庭連合とその関連団体を見てきた。元参議院議員の浜田聡氏は、国会手続きと行政府の説明責任という観点から、この問題に関わってきた。三人は、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に対する解散命令が、経験豊富な識者さえ驚くほどの速さで、異論の声が上がらないまま、司法手続きが進められていった経緯を検証する。
小川氏はまず、旧統一教会への攻撃を主導してきた人々が、かつて安倍政権を批判し、保守派の学者が示してきた歴史認識や、皇室のあり方を問題視してきた人々と重なっていると指摘する。顔ぶれだけでなく、その手法や主張も、何十年間変わっていないという。徳永氏もこれに同意し、靖国神社や皇室をめぐる問題にも同じ構図が見られると付け加える。登場する人物も、争点も、攻撃の対象も変わっていないのである。
浜田氏は、解散命令が政治的な目標となっていった経緯を振り返る。安倍晋三元首相を殺害した犯人は、旧統一教会の消滅を望んでいた。そのため、解散命令の手続きが進められれば、犯人の望みを実現させることになる。NHK党の立花孝志党首もこの問題を繰り返し訴えており、その主張が浜田氏の危機感を強めたという。また、国際勝共連合の渡邊副会長(当時)が浜田氏に直接相談を持ちかけた経緯についても語った。日本共産党に厳しい姿勢を示してきた浜田氏なら、社会に固定化された見方にも立ち向かってくれると考えたからである。浜田氏はその後、内閣に複数の質問主意書を提出し、その過程で、解散命令の要件をめぐる法解釈がわずか一日で変更されていたことを理解した。
続いて徳永氏は、自らがこの問題に関わるようになった経緯を語る。学生時代、京都大学の原理研究会(CARP)の活動に触れた徳永氏は、新聞やテレビが伝える旧統一教会のイメージと、実際に大学で目にした姿との間に隔たりを感じていた。政府が解散命令請求に向けて動き始めると、教団の関連団体から弁護を依頼された。徳永氏は依頼を引き受け、事実関係を慎重に検証する必要があると考えた。その後、家庭連合と関係があるというだけの理由で、地方議会や公共施設が関連団体の使用を拒否する事例を目の当たりにした。それは誰の目にも明らかな差別と、一部の弁護士が記者会見で「関連団体に会場を貸すべきではない」と訴えたことによって正当化された判断であった。行政機関はそれをあたかも法的な基準であるかのように受け止めた。
小川氏は、司法手続きが証拠よりも印象に左右されるようになっていると指摘する。多くの信者は、ごく普通の生活を送り、会社や公的機関で働きながら、社会の一員として暮らしている。それにもかかわらず、世間には、あたかも彼らがホラー映画に登場する異形の存在であるかのようなイメージが広められてきた。徳永氏は、こうした信者の描かれ方を「ゾンビ」という言葉で表現する。世間の人々は、あたかも信者たちが一般的な感情や判断力を持たない存在であるかのように信じるようになった。そのようなイメージが定着した結果、信者の権利はためらいなく無視されるようになった。さらには裁判所までもが、ほかの集団に対してであれば到底認められないような主張を受け入れるようになったと、徳永氏は指摘する。
続いて徳永氏は、家庭連合の関連団体ではあるものの、独立した組織である世界平和女性連合をめぐる裁判について語る。同連合は長年にわたり、女性の外国人留学生のためのスピーチコンテストを開催してきた。ところが、会場として公共施設を借りようとした際、利用を拒否された。その背景には、一部の弁護士が「家庭連合と関係のある団体に会場を貸すべきではない」と主張していたことがあった。裁判で徳永氏は、世界平和女性連合の沿革や活動実績を説明した。これに対して相手方は、「保護説得」された元信者は、救出してくれた人々に感謝しているという話を持ち出した。紀藤弁護士側の弁護団の一人は、涙を流しながらこの話を語ったことを徳永氏は振り返る。徳永氏は、こうした法廷での訴え方を「芝居」だと表現し、いかに裁判所がこのような主張を受け入れ、世界平和女性連合が独立した組織であることを無視し、あたかも家庭連合の一部であるかのように扱ったかを説明した。この裁判は、現在も最高裁で審理が続いている。

小川氏は、これらが及ぼす影響について考える。団体のメンバーに家庭連合の信者の友人がいるというだけで、会場の利用を拒否できるのであれば、家庭連合の信者と親交のある市民は誰もが、同じように排除されかねない。小川氏は、これは江戸時代のお白州よりもひどい状況だと指摘する。小川氏は、法に基づく判断ではなく、誰と関係があるかというだけで疑いを向ける、そのような社会になってしまったと指摘する。
浜田氏は、解散命令の要件をめぐり、法解釈が変更された当時を振り返る。従来、宗教法人に解散命令を出すには刑事法令への違反が必要とされてきたが、家庭連合は刑事罰を受けたことがない。ところが首相は突如、国会議員とのやり取りの場で、民法上の不法行為も解散命令の根拠になり得ると表明した。浜田氏はその後、当時の首相の動静を確認し、本来この重大な解釈変更に先立ってなされるべき協議が、一切行われていなかったことを発見した。そこで浜田氏は質問主意書を通して、どのような経緯で法解釈の変更がなされたのか、そして一人の国会議員が「自分が首相に圧をかけて解釈変更させた」と誇る動画についてどう思うのかといった内容を尋ねた。浜田氏は、国民の多くは事態の深刻さを理解していなかったと結論づける。世間は、解散命令は問題を起こした当然の結果であると信じ、その解散を可能にするために、法的根拠そのものが変更されたことには気付かなかったのである。
議論は、メディアが果たした役割へと移る。小川氏は、公的な報告よりも、日々放送されるテレビ番組が、世論や人々の認識を形成してきたと指摘する。番組に連日のように登場するコメンテーターらは、自らの解釈をあたかも事実であるかのように語ってきた。徳永氏は、そうした解釈が法廷でも繰り返し持ち出されてきたと説明する。
小川氏は、かつて兵庫県知事選をめぐって起きた論争との共通点を指摘する。斎藤元彦知事をめぐっては、地元メディアがさまざまな情報を丹念に報じたため、市民は自ら事実を確かめる機会が与えられ、すでに定着していたナラティブを正すことができたという。一方、旧統一教会をめぐっては、そのような動きは起こらなかった。既存のメディアは、信者の実際の暮らしを伝えず、教団側の説明を紹介することもせず、表面的な情報ではなく、よく調べれば見えてくる相違を検証することもしなかった。それどころか、反対派の主張だけを大きく取り上げ、それをもとに世論を形成していった。こうして必要な情報が伝えられないまま、司法手続きはほとんど抵抗を受けることなく進み、国民が実態を理解する機会を得る前に、結果だけが既成事実となっていった。三人は、メディアによって歪められた世論が、この異常なプロセスを可能にした決定的な要因の一つだったという点で、意見が一致した。
浜田氏は、自身が京都府知事選への立候補を表明した際、紀藤弁護士から家庭連合を支持する人物だと非難されたことを振り返る。これに対し浜田氏は、紀藤弁護士が拉致監禁やディプログラミングに関与していたことを指摘して反論したが、紀藤弁護士から返答はなかった。その後も浜田氏は同様の反論を投稿し、そのたびにX上で数百万のインプレッションがあったという。
こうして三人は、この問題のなかでも特に深刻でありながら、ほとんど知られてこなかった議論へ焦点を移す。ディプログラミング(強制脱会)を目的として、大規模な拉致監禁が行われてきたという問題である。被害者とされる人は数千人に上るが、その実態は社会にほとんど知られていない。小川氏は後藤徹氏の事件を取り上げ、拉致監禁の事例が4,000件以上報告されており、その規模から見ても戦後最大級の人権侵害であるにもかかわらず、メディアでも国会でも、ほとんど取り上げられてこなかったと訴えた。

浜田氏は、数十年前、檜田仁衆議院議員が国会でこの問題を取り上げた際、警察庁が「由々しき問題である」と答弁したことを振り返る。ところが、浜田氏が2年前から同様の質問を始めると、警察庁からは、この問題について何も把握していないといった答えが返ってきた。浜田氏は、こうした後退を極めて深刻に受け止めている。また、事実関係を理解するうえで、ジャーナリストの福田ますみ氏の著書を強調する。浜田氏によると、拉致監禁に関与したとされる弁護士らは、その申し立てを否定することも反論することもなく、完全に黙殺しているという。
徳永氏は、こうした拉致監禁の背後には、一部の左派系キリスト教団体が存在していたと付け加える。そしてその同じ団体が、首相による靖国神社参拝をめぐる裁判にも関わっており、政治の領域で一線を越えるほどの影響力を持つ活動ネットワークを形成してきたという。さらに徳永氏は、家庭連合に反対する運動、安倍政権への攻撃、従軍慰安婦問題をめぐる活動、そして信者の拉致監禁に関わった人々の顔ぶれが驚くほど重なっていると指摘し、問題の根深さを強調する。三人は、日本社会が家庭連合の責任を追及するのであれば、その前に、拉致監禁という深刻な人権侵害に向き合い、解決すべきだと強調した。
小川氏は、この問題をめぐる公開討論の開催を提案する。これまで世論を形づくってきた人々は、向けられた問いに答えるべきであり、公の場で意見を発信してきた以上、沈黙を続けることはその責任と相いれないと訴える。そして以前、北朝鮮による日本人拉致問題が広く知られるようになった経緯を振り返る。当初、この問題を訴えた人々は変わり者扱いされ、被害者家族も孤立していた。しかし当事者たちが、実名を明かして声を上げるより沈黙を続ける方がはるかに危険だと判断したことが、状況を変える転機となった。わずかな人々の声から始まった運動は、やがて国全体で取り組むべき問題へと発展していった。
前年の選挙で議席を失った浜田氏は、国政復帰への強い意欲を示す。日本自由党の活動や、定期的に開催している候補者向け研修「浜田学校」を通じて、地方から着実に足場を固めていく考えだ。今後、地方選挙への候補者擁立を進め、最終的には2年後の参議院選挙で国政への復帰を目指している。
徳永氏はさらに、一連の動きは国家安全保障上の問題でもあると指摘する。旧統一教会の解散は、歴史的に反共産主義を掲げてきた運動を弱体化させ、結果として中国の戦略に利する可能性があるという。現在進められているプロセス自体が、そうした目的を後押しするように組み立てられているおそれもあると警告する。徳永氏は、この観点からも、国会の勢力図を変えていく必要があると強調する。今後の道筋を考えるなかで、三人はいずれもこの点について認識を共有した。
対話は、三人の共通認識を示して締めくくられる。解散命令は、一つの宗教法人だけの問題ではない。日本における権利保障のあり方そのものに関わる問題である。世論の圧力に制度が抗えるのか、また、特定のナラティブが社会を支配したとき、市民が異議を唱えられるのかが問われている。小川氏、徳永氏、浜田氏は、今こそ時流に流されず、声を上げる人々が必要だとの認識で一致する。この問題は、かつてタブー視されていた北朝鮮による日本人拉致問題を国民的な課題へと変えたときと同じ真剣さをもって、検証されなければならない。そして三人は、信教の自由を守ることは、あらゆる自由を守ることと切り離せないと強調する。
三人は最後に、解散命令によって、より根深い問題が浮き彫りになったと結論づける。公正な手続きを放棄する社会は、自らの基盤をも失う。印象に流される司法は、自らの権威を損なう。そして、人の声に耳を傾けなくなった社会は、物事を理解する力を失う。この対話は、沈黙を選ぶ方が容易だった時代に、声を上げることを選んだ三人の記録である。

Massimo Introvigne (born June 14, 1955 in Rome) is an Italian sociologist of religions. He is the founder and managing director of the Center for Studies on New Religions (CESNUR), an international network of scholars who study new religious movements. Introvigne is the author of some 70 books and more than 100 articles in the field of sociology of religion. He was the main author of the Enciclopedia delle religioni in Italia (Encyclopedia of Religions in Italy). He is a member of the editorial board for the Interdisciplinary Journal of Research on Religion and of the executive board of University of Pennsylvania Press’ Nova Religio. From January 5 to December 31, 2011, he has served as the “Representative on combating racism, xenophobia and discrimination, with a special focus on discrimination against Christians and members of other religions” of the Organization for Security and Co-operation in Europe (OSCE). From 2012 to 2015 he served as chairperson of the Observatory of Religious Liberty, instituted by the Italian Ministry of Foreign Affairs in order to monitor problems of religious liberty on a worldwide scale.


