最高裁判所は,除名措置(「忌避」)が成人および未成年者の権利侵害には当たらないと判断。
マッシモ・イントロヴィニエ
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2026年4月29日,ノルウェー最高裁判所は,エホバの証人に有利な判決を下した。本判決は,他国における同宗教団体に関する訴訟その他の手続きに影響を及ぼし得る画期的なものである。最高裁は,同宗教団体の登録抹消や国家補助金の不支給といった行政処分を全て無効とした。これはノルウェー以外の国における信教の自由にとっても重要な意味を持つ。この判決は,長年活動してきた少数派宗教の法的地位を回復しただけでなく,国が「否定的な社会的統制」や「精神的暴力」という用語を拡大解釈し,明確な被害の証拠もなく宗教問題に介入するのは許されないことを明らかにした。
本件は最高裁で最終的な結論に至ったが,その発端は,子ども家庭省が元エホバの証人信者ロルフ・ヨハン・フルリから手紙を受け取った2021年にまでさかのぼる。申し立ては,エホバの証人の宗教上の措置,すなわち,重大な罪を悔い改めずに組織から追放された元信者や,自ら脱会を表明した元信者(同居する家族や親族を除く)との交友を持たないよう勧める措置を対象としていた。フルリはこの措置が,社会的影響を恐れて信仰にとどまらせる圧力となっており,信者の宗教を変える権利を事実上妨げていると訴えた。さらに未成年者が自らの行為を十分理解できるほど精神的に成熟する前にバプテスマを受けていると主張し,その未成年者に対しても成人と同様の措置が適用されていることを問題視した。
事実,エホバの証人は「交友を控える」ことについて教えており,それは聖書のコリント第一5章13節(「皆さんの中から悪い人を除きなさい」)や5章11節(「そのような人とは……一緒に食事をしてもなりません」)の解釈に基づいている。この「除名措置」は,エホバの証人を辞めたことを自ら表明せず,単に活動しなくなった人には適用されない。
フルリの申し立ては,一連の行政処分の引き金となった。政府とオスロ・ビーケン県知事は,ノルウェー憲法第16条の「全ての宗教および思想団体は,平等に支援を受けるものとする」という規定に基づき,エホバの証人が過去30年間,問題なく受け取ってきた国からの補助金を停止した。また,宗教団体法(2020年)に基づく宗教団体としての登録も認めなかった。2024年3月24日,オスロ地方裁判所はこれらの決定を支持したが,エホバの証人はこれに控訴した。2025年3月14日,控訴裁判所は,地方裁判所の判断が誤りであり,信教の自由にとって危険であるとして,その判決を覆した。また,国連およびヨーロッパ人権条約に基づくノルウェーの義務とも矛盾すると結論づけた。国はこの判決を不服とし,最高裁に上訴したが,敗訴に至った。
最高裁はノルウェー法とヨーロッパ人権条約に基づき,判断の根拠を詳細に示した。主要な争点は,ある人を会衆から除く(排斥や自ら脱会する場合を含む)というエホバの証人の措置(「忌避」)が,成人については脱会の自由を妨げるのか,また未成年者については子どもの権利を侵害するのかという点である。国側は,この措置が強制や精神的暴力,さらには否定的な社会的統制に当たると主張した。それに対し最高裁は,国がそれを裏付ける説得力のある証拠を示せなかったと判断した。判決は,「国は,元信者との交友を避けるエホバの証人の措置が,子どもを含む信者が自由に脱会する権利を侵害する不当な圧力に当たるとは立証できなかった」と指摘している(判決143項)。また,こうした措置はエホバの証人に特有のものではなく,「小規模で結び付きが強い宗教その他の共同体から離脱する者には,特に家族や友人が同じ共同体に属する場合,社会的な影響が生じることは珍しくない」と述べている(133項)。
最高裁は,国の主張が,具体的な被害の証拠ではなく,宗教文書の一部抜粋に依拠していると指摘した。また,信教の自由は自由民主主義における基本的権利であるとして,ノルウェー宗教団体法第6条に基づいて補助金を不支給とするには高い基準が求められると強調した。さらに,エホバの証人がヨーロッパ人権裁判所に提起した70件を超える訴訟のほぼ全てで勝訴していることにも言及した。これは,同団体の措置が,一部では論争の的となっているものの,ヨーロッパ人権条約第9条によって保護されていることを改めて示すものである。

今回の判決の重要性は,宗教団体の内部規則が社会一般の価値観と異なるというだけの理由で,国がその団体に不利益を科すことはできないという原則を再確認したことにある。最高裁は,会衆から除く(「忌避」)という措置がエホバの証人の聖書理解に基づくものであることを認めた。また同居する家族や親族については,たとえ会衆から除かれても,家族関係そのものが断たれるわけではなく,「必要な家族の事柄」に関しては,家庭内での接触や交流が続けられると指摘した(126項)。したがって,宗教上の規律を精神的暴力と結び付けようとした国の主張には法的根拠がないと判断された。
最高裁は,「忌避されない」権利というものは存在しない,という重要な一般原則を示した。国際法もノルウェー法も,「成人した近親家族との関係を維持する権利を保護していない」と述べている(119項)。最高裁は,仮にそのような権利が認められるなら,2つの権利が侵害されることになると説明した。第一に,宗教団体が自らの教義に従って自律的に組織を運営する権利,第二に,組織内の信者が誰と交流するかを自分で決める権利である。実際,「組織内の信者は,ヨーロッパ人権条約第8条および第9条の下で,自らの宗教的信念に従って私生活を営む権利を有しており,それには交流を持つ相手を自ら決める権利も含まれる。登録抹消や国からの支援の喪失を回避するために,元信者との接触を維持するよう国が間接的に要求するなら,個々の信者にそうした人々を交友関係に含めるよう事実上圧力をかけることになる。これはエホバの証人の聖書理解に反するものであり,ヨーロッパ人権条約第9条の信教の自由だけでなく,第8条の私生活の権利にも抵触する」と述べた(115項)。
最高裁はこれらの規範により,同団体が信者に対して一定の「社会的統制」を行使していることを認めている。しかし,「社会的統制」は必ずしも「否定的」でも違法でもなく,全ての「宗教上の行動規範は……ある程度の社会的統制を伴い得る」(89項)。
未成年者に関する国の主張は次の2点に基づいていた。すなわち,未成年者は自分の宗教的義務を十分理解しないまま,非常に若い年齢でバプテスマを受けることがあり得ること,そして排斥された場合,成人と同様に「忌避され」,その精神的健康に重大な影響が生じるという点である。
第1の主張について,最高裁は次のように指摘している。「バプテスマを通してのみ,人はエホバの証人の一員となり成員資格を得る。エホバの証人は成人と未成年者の双方にバプテスマを行うが,幼児には行わない。バプテスマを受ける未成年者は通常15歳から18歳である。より若い年齢でバプテスマを受ける例もあるが,11歳から15歳の子どもの中には,バプテスマを受けていない伝道者になる者もいる。バプテスマを受ける前には,聖書および主要な宗教文書の学習が求められる。さらに,本人は自らの意思でバプテスマを受ける決定を下すのに十分な成熟性を備えていなければならない。会衆の長老たちはバプテスマの前に候補者と面談を行い,本人が十分成熟しており,エホバの証人となることに伴う義務を理解しているかを確認する。候補者が未成年である場合,通常はその面談に親が同席する」(36項)。最高裁はさらに,「未成年者がバプテスマを受けるという決定が,十分な情報に基づく自律的な選択ではないことを示す事情は認められない」と結論づけた(93項)。
第2の主張について,最高裁は,排斥された未成年者への影響に関する国側の悲観的な描写(判決はそのような事例はまれであるとした)を著しく誇張されたものと見なした。実際には,判決は次のように述べている。「排斥は家族の絆を断つものではない。未成年者は通常,親の家で生活を続ける。家族の日常的な活動は継続され得るが,排斥された後は,信仰に関連した家族の宗教的な活動のある部分は共有できなくなる。同時にエホバの証人の教義は,感情面を含め未成年者の家庭生活を守るよう信者に教えている」(97項)。また「エホバの証人は独自の学校を運営していない」ため,未成年者は排斥されても「会衆外の人間関係」を維持できる(100項)。最高裁は,国が主張するような精神的暴力や強制を受ける状況ではないと結論づけた。

反対意見を述べた裁判官たちも,一部の証拠に関する評価について意見を異にしたものの,重要な点では一致した。すなわち,忌避という措置が,子どもに対する精神的暴力や否定的な社会的統制には当たらないという点である。この主要な争点に関する見解の一致は,最高裁の結論をより確かなものとした。一部の行政処分を支持し得ると考えた裁判官でさえ,エホバの証人の措置が未成年者に有害であるとする国の主張には賛同しなかった。
信教の自由を注視してきた人々にとって,本判決は,近年ヨーロッパの一部で弱まりつつあった原則を改めて確認する前向きな判断となった。ノルウェー当
局は,宗教内部の規律を行政措置によって規制するという危うい領域に踏み込んでいた。最高裁は今回の判決によって,こうした状況を是正した。つまり,信教の自由には,宗教団体が自らの会員規則を定める権利が含まれること,また,国が介入できるのは,明確かつ立証可能な被害が存在する場合に限られることを,公的機関に改めて示したのである。
今回の判決が伝えるメッセージは,ノルウェー国内にとどまらない。非民主主義国に限らず,少数派宗教は,「カルト」,「否定的な社会的統制」,「心理的虐待」といった曖昧な用語によって攻撃されがちである。しかし,裁判所は固定観念にとらわれず,証拠を求めなければならない。ノルウェー最高裁の判決には,まさにそうした姿勢が現れていた。本判決は,法的基準を明確にし,多元主義を支持するとともに,国が権利保護を装いながら,多数派の基準を少数派宗教に押し付けることは許されないと明言している。
ノルウェーのエホバの証人にとって,この判決は法的承認および憲法の下で平等な扱いを受ける権利を回復するものである。また,全ての少数派宗教にとっては,司法が良心の自由を守ることを強く想起させるものである。そして,世界中で信教の自由を擁護する人々にとっては,歓迎すべき勝利である。
マッシモ・イントロヴィーニュ
マッシモ・イントロヴィーニュ(1955年6月14日,ローマ生まれ)は,イタリアの宗教社会学者。新宗教運動を研究する学者の国際的ネットワークである新宗教研究センター(CESNUR)の創設者であり,センター長を務める。宗教社会学の分野で約70冊の著書と100本を超える論文を執筆している。「イタリア宗教百科事典(Encyclopedia of Religions in Italy)」の主執筆者でもある。また「宗教に関する学際的研究雑誌(Interdisciplinary Journal of Research on Religion)」の編集委員や,カリフォルニア大学出版局が発行する「ノヴァ・レリジオ(Nova Religio)」の編集委員を務める。2011年1月5日から12月31日まで,欧州安全保障協力機構(OSCE)の「人種主義,外国人排斥,差別(特にキリスト教徒と他宗教の信者に対する差別に焦点を当てた)の根絶活動の代表」を務める。2012年から2015年まで,宗教の自由に関する問題を世界規模で監視するためにイタリア外務省が設立した信教の自由監視委員会の委員長を務めた。

Massimo Introvigne (born June 14, 1955 in Rome) is an Italian sociologist of religions. He is the founder and managing director of the Center for Studies on New Religions (CESNUR), an international network of scholars who study new religious movements. Introvigne is the author of some 70 books and more than 100 articles in the field of sociology of religion. He was the main author of the Enciclopedia delle religioni in Italia (Encyclopedia of Religions in Italy). He is a member of the editorial board for the Interdisciplinary Journal of Research on Religion and of the executive board of University of California Press’ Nova Religio. From January 5 to December 31, 2011, he has served as the “Representative on combating racism, xenophobia and discrimination, with a special focus on discrimination against Christians and members of other religions” of the Organization for Security and Co-operation in Europe (OSCE). From 2012 to 2015 he served as chairperson of the Observatory of Religious Liberty, instituted by the Italian Ministry of Foreign Affairs in order to monitor problems of religious liberty on a worldwide scale.


