BITTER WINTER

日本の統一教会事件はいかにして道を踏み外したのか:中山達樹弁護士が語る舞台裏

by | Jul 17, 2026 | Japanese, Documents and Translations

文芸評論家・小川榮太郎氏との対談を通じて、政治的圧力、過熱報道、そして信頼性に疑問がある証拠が、いかにして司法の失敗を招いたのかが明らかになる。

マッシモ・イントロヴィニエ

Read the original article in English.

The conversation between attorney Tatsuki Nakayama (lef) and literary critic Eitaro Ogawa (right).
中山達樹弁護士(左)と文芸評論家・小川榮太郎氏(右)の対談。

文芸評論家の小川榮太郎氏と国際弁護士の中山達樹氏との対談は、法律上の技術的な議論にとどまらなかった。そこから浮かび上がるのは、政治的圧力、過熱報道、そして信頼性に疑問がある証拠が重なり合う中で、いかにして司法判断がなされていったのかという実態である。二人の対話は、家庭連合に対する解散命令事件を多角的に検証するとともに、日本における法の支配の脆弱さに 警鐘を鳴らしている。

中山氏はまず、自身が家庭連合の代理人を引き受けることになった経緯を振り返る。2022年8月下旬、安倍晋三元首相が暗殺されてから約1か月後、親交のあった著名な弁護士から連絡を受けた。その弁護士は、「この事件を引き受ける弁護士が誰もいない」と中山氏に伝えた。中山氏自身は信者ではなく、宗教にも特別な関心がなく、当団体について知っていたのは1990年代のオールドメディアによる報道程度だった。しかし、すでに47もの法律事務所が依頼を断っていたという事実に驚いたという。彼は当時の法曹界に、犯罪ではないがよく分からない案件にはとにかく触れたくない、という言わば漠然とした空気感が広がっていたと振り返る。

誰もこの事件を引き受けようとしない状況を目の当たりにし、中山氏は家庭連合に同情を覚えた。それ以上に、たとえ自らの評判が傷つくリスクがあったとしても、不正に対して声を上げるという“誠実さ”と弁護士としての職業倫理に突き動かされたという。こうして彼は、自身や家族の評判に悪影響が及ぶ可能性を十分承知の上で、事件を引き受ける決断をした。当初数か月間は、日本の家庭連合ではなく国際本部を相手に業務を行い、主としてアメリカの弁護士たちと連絡を取り合っていた。その後になって初めて、日本の田中会長をはじめとする指導者たちと面会するようになった。そして彼が抱いた第一印象は率直なものだった。実際に会った人々は、メディアが描いてきたイメージとはまったく異なっていたのである。

続いて対談は、政府方針が突如転換された経緯へと移る。中山氏によれば、日本政府は当初、閣議での検討を経て、「家庭連合には刑事犯罪がない以上、解散命令を請求する法的根拠はない」との立場をとっていた。これは、重大な刑事事件を理由に解散命令が出されたオウム真理教の先例に基づく判断だった。ところが、その後の国会答弁で岸田文雄首相は、法的にも事実上も何ら説明がないまま、一夜にして政府の方針を転換した。

中山氏は、この方針転換に愕然としたという。日本は本来、個人の思惑ではなく、法によって統治される国である。それにもかかわらず、このような事態を海外に説明しなければならなかったことを、非常に恥ずかしく感じたと振り返る。その後中山氏は、方針転換の引き金となった事情を知ることになる。中山氏によれば、立憲民主党の小西議員は岸田首相に対し、解散命令の請求に向けて動かなければ「統一教会の広告塔と呼ぶ」と迫ったという。中山氏は、これを一種の政治的脅迫だったと捉えている。そして、岸田首相はひっくり返って しまったと指摘する。小川氏は、新たな証拠が何一つ示されないまま、閣議を経て示された政府見解が一夜にして覆されたのであれば、解散命令請求の手続きは、そもそも法的根拠を欠いた状態で始まったことになると指摘する。

Lawmaker Hiroyuki Konishi. Credits.
小西洋之議員。Credits

文科省は、解散命令請求の根拠となる証拠を収集するため、1年のあいだ7回にわたって「質問権」を行使した。しかし中山氏は、その一連の手続きには重大な問題があったと指摘する。あれだけメディアが騒いだにも関わらず、顔と名前をだして被害を訴えた人物は一人も現れなかった。反統一教会の立場をとる全国霊感商法対策弁護士連絡会が主催した国会議員向けの勉強会でさえ、被害を訴える人々はビデオメッセージを通して証言するのみで、被害者に直接質問することはできなかった。小川氏は、これは検証そのものを妨げるように作ら れた仕組みだと指摘する。

文科省が提出した陳述書は、不自然なほど画一的な内容だった。中山氏は、それらを、どこを切っても同じ模様が現れる「金太郎飴」にたとえている。多くの陳述書には、「地獄に落ちると言われた」といった同じ文言が繰り返し記されていた。中には、極端に小さな文字で作成され、高齢の署名者が本当に内容を確認したのか疑わしいものもあった。さらに深刻なのは、複数の元信者が、自分の発言として陳述書に記載された内容について、「そのようなことは話していない」と否定したことである。中山氏は刑事告訴に踏み切ったが、警察は受理しなかった。日本は、いったいどのような国になってしまったのだろうか。署名者本人が発言を否定している内容が文書に記載されているにもかかわらず、司法制度がなお動こうとしないのであれば、それは権威主義体制を思わせるほど深刻な司法の機能不全と言わざるを得ない。

裁判所の判断理由も、中山氏に大きな衝撃を与えた。宗教法人法では、宗教法人が著しく公共の福祉に反することが明らかな場合に限り、解散命令を出すことができると定められている。中山氏は、「著しく」と「明らか」という言葉は、法的な世界ではいずれも極めてハードルの高い基準であると強調する。しかし、家庭連合が2009年にコンプライアンス宣言を公表して以降、民事上の責任が認められた事例はわずか1件しかない。献金件数に換算すれば、およそ3万件から4万件に1件の割合である。それにもかかわらず、2025年3月、東京地裁の鈴木謙也裁判長は、「被害は看過できないほど重大である」と判断した。中山氏は、これを行き過ぎた判断だと批判する――裁判長は15年間でわずか1件の事例を、「看過できないほど重大」と判断したのである。

東京高裁は、さらに踏み込んだ決定を下した。三木素子裁判長は、示談を民事上の不法行為の根拠として含め、「不法行為の可能性があることは否定できない」という前代未聞の論理を採用した。中山氏は、この判断を不誠実で不正義なものだと批判する。自身の弁護士経験の中でも、これほど異例な判断を目にしたことは一度もなかったという。小川氏は、この判断を「万引きをした者に死刑を言い渡すようなものだ」と表現する。裁判所が証拠もないままこのような極端な表現を用いるのなら、重大な不法行為が存在しなかったとしても、世論は深刻な不正があったと思ってしまうと指摘する。

Another image of the Ogawa-Nakayama dialogue.
小川氏と中山氏の対談の様子。

二人が最終的にたどり着いた結論は、この解散命令請求事件は、法に基づいて進められたのではなく、「空気」によって動かされたというものだった。メディアが作り上げたナラティブ、政治的圧力、そして「ズブズブ」といったレッテル貼りが、判断を左右したのである。医師・中村哲氏はかつて、ハンセン病をめぐる社会の過熱を「顔のない残虐性」と表現した。中山氏は日本も今、同じような状況に陥りつつあると警鐘を鳴らす。それは、次に誰が標的になるのか分からない、「悲劇のババ抜き」のようだと。これに対し小川氏も、家庭連合の是非を論じる以前に、日本は法治国家として決して越えてはならない一線を越えてしまったと語る。

対談の最後に、中山氏は、今回起きたことの危険性に一人でも多くの人が気づき、立ち止まって声を上げてほしいと訴える。小川氏もこれに同調し、この異常な状況を多くの人が自覚する必要があると呼びかけた。

結局のところ、この対談が問いかけているのは、一つの宗教団体をめぐる問題にとどまらない。それは、司法の独立がいかに脆弱であるか、メディアが作り出すナラティブがいかに大きな影響力を持ち得るか、そして、そうした力に抗うための勇気という、より根本的な問題である。


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