『正論』掲載記事が、安倍晋三元首相暗殺犯・山上徹也とその母親の知られざる事実を明らかにし、反統一教会ナラティブに疑問を突きつける。
マッシモ・イントロヴィニエ
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約4年にわたり日本は、あまりにも出来すぎて、かえって真実とは思えない一つの物語に囚われてきた。その物語には微妙なニュアンスも、心理的深みも、人間の人生がもつ複雑さへの好奇心も必要とされなかった。「カルト」によって人生を壊された母親。貧困へと突き落とされた家族。絶望に追い詰められた息子。そして元首相の死。しかもその死は、たった一文の都合よい文章で片づけられてしまった――統一教会が一家を破壊し、その息子が復讐した。それはあまりにも整然とした道徳劇で、まるで自動的に書き上げられたようだった。あまりにも整っていたがゆえに、人々を惹きつけたのである。
しかし整った物語ほど、しばしば省略による嘘を含んでいる。2026年2月号の『正論』において、保守系論客であり、X上のファクトチェッカーとしても知られる加藤文宏氏は、山上家の歴史を十分に、容赦なく再構築しその嘘を暴露した。ここ数年、加藤氏は日本のオンライン保守言論界においてその影響力を急速に高めてきた。加藤氏は、文書に基づく緻密なファクトチェック、統一教会問題を含めたメディアコンセンサスに挑む姿勢、そして複雑な現実をイデオロギーへと単純化してしまうナラティブを是としない姿勢によっても知られている。Xのフォロワーたちは、主流メディアが無視した脚注にまで目を通す人物として、彼を一種の“デジタル・オンブズマン”と呼んでいる。そして今回のケースでは、加藤氏はそのすべての脚注を精査した。
加藤氏の記事「山上家の深闇――安倍暗殺犯、本当の動機」は、統一教会の擁護でも、暗殺犯の名誉回復でもなく、政治的主張でもない。それははるかに挑発的なものであり、単純さを好んできた公共言説に対し、「複雑さ」を要求することである。そうすることによって、いかにこの支配的なナラティブが、事実よりも道徳的な作り話によって構築されてきたかを露呈する。
加藤氏は冒頭の段落から、検察と弁護団がどちらもそれぞれの目的に合うように物語を単純化してきたことを示している。検察は山上徹也被告について彼の家庭環境と安倍晋三元首相は「何ら関係ない」と主張する。いっぽう弁護団は、母親による旧統一教会への献金が原因で家庭が「崩壊」したと訴える。メディアは予想通り、後者の説明を報道した。その方がより劇的で、左派寄りの報道機関にとっては政治的にも都合がよく、なにより理解するのに労力を必要としない物語だったからである。しかし加藤氏が再構築して示すのは、真実はそのいずれの物語でもないということだ。それは、双方が採用した物語よりはるかに深刻な現実だった。
加藤氏はまず、山上家が宗教によって破壊されたという根本にある作り話を崩すことから始める。母親が旧統一教会と出会うはるか以前から、この家庭はすでに崩壊へと向かっていた。父親のアルコール依存、祖父の激しい気性、祖母の死、そして何より決定的だったのは兄の存在である。彼は重い病と暴力的な行動を抱え、日常生活を修羅場に変えてしまった。父は、もともと母方の祖父が経営する土木会社で取締役を務めていたが、祖父との対立をきっかけに仕事をしなくなり酒に溺れるようになった。母方の祖母は白血病で亡くなった。長男は生まれて間もなくリンパ腫が見つかり、後に、眼球奥に腫瘍が見つかり開頭手術を受けたものの片目を失明している。がんが進行すれば眼球が「ポッと落ちる」といった医師からの脅しのような警告により、母親は衝撃を受け精神的に追い詰められた。
母親はこのような感情的に追い詰められた状況から宗教に救いを求めるようになった。彼女が最初に参加し、献金を捧げたのは統一教会ではなく、実践倫理宏正会である。この団体への当初の関与を動機づけたのは、教義への共感ではなく、必死さからだった。実践倫理宏正会は朝起会といって会員が早朝から集まり、思いやりと感謝をもって一日を生きることを誓う集会で知られている。自らを非宗教団体と位置づけている一方で、その仏教的ルーツを指摘する研究者も少なくない。山上の母親は証言の中で、朝起会に参加してイライラが「浄化」され、子供に優しくできたと語っている。しかし、夫は彼女が集会に行っていることや「浄財(献金)」に反対するようになり、家族の対立はさらに深まっていった。山上被告の伯父(父の兄)は当時を振り返り、母親のせいで子供たちはネグレクト状態にあったと非難したが、加藤氏は母親がその主張を否定していることや、事実関係と時系列が明確でない点を指摘している。確かなのは、家族はすでに危機的状況にあり、宗教がその原因ではなかったという点である。

1982年、アルコール依存症とうつ病を患っていた父が飛び降り自殺をした。この出来事は、家庭をさらに深い混乱へと突き落とした。母は第三子を妊娠中で、一家の唯一の生計維持者となる。一家は奈良市内へ転居し、母方の祖父が経営する土木会社はバブル経済の追い風を受けて好調だった。そのため、後に暗殺者となる人物を含め、子供たちは貧困の中で育ったのではなく、比較的恵まれた環境で成長した。被告自身も後にXで次のように記している。「貧困ではない。むしろ裕福だった。」高価なおもちゃを買い与えられ、広い家に住み、母親は家業の会社で役員になっていた。
これはメディアが描いてきたイメージとは大きく異なる。しかしまさにこれが、加藤氏が我々に直視するよう強調するイメージである。
1989年、長男を襲った2つ目の大きな病である眼球奥の腫瘍は、母親をいっそう深い精神的苦境へと追い込んだ。加藤氏によれば、まさにこのような状態の中で、彼女は「韓日人教会」と呼ばれる組織と出会う。韓日人教会は日本国内の一般的な統一教会とは異なり、本来は日本で暮らす韓国人のために、韓国人によって運営されていた。母親はここに2,000万円を献金する。
しかし山上家と深い関わりを持っていた、加藤氏が「A氏」と呼ぶ元教会長は、母親の信仰心が統一教会に特有のものだったわけではないと強調している。「もしお母さんが別の宗教と出会っていたら、その宗教を信仰し、献金もしていたでしょう。」とA元教会長は説明する。彼女の動機は教義ではなく恐怖だった。息子への恐怖、将来への恐怖、そして、もはや自分の力では制御できなくなっていた家庭への恐怖である。
加藤氏は「A元教会長」の証言をもとに、この韓日人教会は日本の家族文化を理解するだけの備えを持っていなかったことを指摘している。韓国人の指導者たちは、日本人の母親について、山上家の内部で進行していた感情的な混乱、さらにはこの女性自身が直面していた人生の危機など、その文化的ニュアンスをよく理解していなかった。1994年、母親の父は娘の献金を知って絶望した。怒りのあまり、包丁を持ち出す場面さえあったという。被告は後に、祖父の精神状態の悪化とバブル経済の崩壊が重なったことで、祖父が不安定になり、子どもたちに「荷物をまとめて出て行ってくれ」と迫るようになったと記している。皮肉なことに、そうした状況で子どもたちを守るのは張本人の母だった。

1997年、家業は多額の負債を抱え行き詰まりを見せた。同年、韓日人教会が廃止され、母は入会願書を出し正式に旧統一教会の信徒になった。報道では母の入信を1991年としているが、この報道は間違いである。山上被告は旧統一教会が催したセミナーに参加しているものの、信仰は強制されていない。山上は教義について「わかることはわかる」と発言し、母親や周囲から不当な圧力を受けたとは述べていない。
加藤氏が指摘するように、真の危機は宗教ではなく、家庭内部にあった。長男は高い知的能力があるものの他人との意思疎通が苦手で、激しい不安定さを見せるようになる。彼は母を刃物で切り付けようとしたり、肋骨を骨折させたりした。家財を破壊し、自殺を試みた。さらに長男は母親が通っていた教会に押し入り、刺身包丁でA元教会長を刺し殺し自分も死のうとしたが、A氏は幸いにも不在だった。医師は彼に顕著な発達障害があると診断している。母親は、常に恐怖の中で生きていた。加藤氏によれば、A氏はこの不安定な長男をさまざまな形で支援しようとしており、山上被告は兄のために心を砕いてくれるA氏に感謝してスニーカーをプレゼントしている。
しかし一方で、被告自身も希死念慮が以前からあったという。彼は「死ぬつもりだったので、大学に行こうとは考えていなかった」と証言している。そして2001年、家を出ている。
これが、メディアによって「カルトに破壊された家庭」と単純化されてきた一家の実像である。加藤氏が再構築したのは、はるかに悲劇的な現実である。病と暴力、そして精神的崩壊によって破壊された一家の姿であった。
加藤氏の説明の中で転換点となるのが、返金の段取りである。これは同時に、反統一教会側のストーリーラインにとって最も都合の悪い部分でもある。2002年、母が所属している教会にA氏が教会長として着任すると、A氏は母親の献金額がそれまで考えられていたよりも多額であることを発見した。A氏は母親にこれまでの献金額を聞き取り、総額を1億3,000万円と算出したうえで、返金額5,000万円が決定した。母は献金に意味を見出し、返金に消極的だった。だがA氏は返金の必要性を主張し、山上被告を家族の代表に選んだ。返金が開始された2005年、山上被告は自殺未遂をしているが、その理由について本人は統一教会とは関係ないと裁判で証言している。最終的に、合意した額である5,000万円は全額返金された。
これは決して略奪的な組織がとった行動とは言えない。限界や課題があったとしても、助けようと努力した組織の行動であったと言うべきである。
加藤氏はまた、この時期、家族が貧困状態ではなかったことを強調している。母は建物の管理や清掃の仕事に就き、返金開始後は仕事で得た報酬に加え月々30万〜40万円が一家の収入になっていた。妹は私立学校に入学し、奨学金を得て大学に進学している。母親は車を所有しており、住まいは長男の暴力によって荒れてはいたが、贅沢ではないものの、貧困状態ではなかった。生活保護を受けていた形跡もない。被告自身も、何年にもわたって自立した生活を送っていた。宗教による搾取によって一家が貧困に押し潰されたというメディアの描写は、事実とは一致しない。

加藤氏の主張で最も物議をかもす部分は、返金開始の2005年の時点で、被告にとって母親の献金問題はすでに感情的に一区切りついていた、という点である。A氏とのメールのやりとりから分かるのは、うつ病や孤立感、無力感に苦しむ若者の姿であって、教会に対する怒りではない。山上被告は「僕は正気なんでしょうか?」とA氏に問いかけ、人間関係を築けない自分を嘆き、可哀想にと思ってくれる人なしには生きていけないと語っている。しかし、旧統一教会や教祖への恨みは語っていない。A氏は、母親の信仰の問題は、被告の中ではすでに「終わった話」だったと結論づけている。
しかしストーリーはそこで終わらなかった。被告は安定した人間関係を築くことができず、恋人とも別れ、社会との関わりを次第に断っていく。誠実かつ継続的に彼を支えてきたA氏も、やがて韓国に移る。返金終了の翌年に長男が、それまでの迷惑を妹に詫びて自殺した。被告の孤立はさらに深まっていった。2020年になると、被告はカルト宗教問題に詳しいルポライター米本和広氏のブログに、次第に妄想的と言える書き込みを繰り返すようになる。米本氏自身も、彼の思考は「病的なまでの思い込みである」と警告していた。
加藤氏は、母に対する山上被告の誤解が妄想の一因ではないかと指摘している。母は聖地がある韓国の清平へ出かけるようになったが、教会の意向や指示によるものではなかった。被告は、母が韓国行きを強要され、献金させられていると想像した。しかしそれも事実ではなかった。不信感が募っても母とコミュニケーションを取らず、いつの間にか疑いは確信となってしまった。
まさにこれが、加藤氏が我々に直視するよう訴える精神的な負の連鎖である。誤解と孤立、絶望の中で、自己の神話を作り出した一人の男の姿である。
教会への恨みから安倍晋三氏を銃撃するという決断への飛躍。それは、この事件全体を通じて最も謎めいた問いとして残る。加藤氏はその答えを解いたかのようには語らない。彼はオンラインであれオフラインであれ、誰かが被告に入れ知恵してより象徴的な人物を標的にするよう仕向けた可能性を示唆する。被告自身も、「安倍さんは憎くはない」と書いている。彼は安倍氏を撃つなら「理解を得られる」と思い、安倍批判の言論にあえて接し「モチベーションを高めた」と証言した。
加藤氏が最終的に露呈するのは、悲劇よりも道徳劇を好んだメディア環境の知的怠慢である。彼が示唆する真のスキャンダルとは、旧統一教会が行ってきたことではなく、メディアが見なかったものである。一家は教義によって崩壊したのではなく、病、暴力、コミュニケーションの断絶、そして自らのナラティブを現実と勘違いした一人の息子によって崩壊したのだった。
つまり、安倍晋三氏の暗殺は宗教的搾取の帰結ではなかった。それは、個人的な妄想と社会的孤立、そして旧統一教会に悪役を見出し、不都合な真実と向き合うことを避けた国家的ナラティブの衝突であった。その不都合な真実とは、最も暗い悲劇には、単純な原因も明快な教訓も、責任を問うべき特定の組織も存在しないこともあるということだ。

Massimo Introvigne (born June 14, 1955 in Rome) is an Italian sociologist of religions. He is the founder and managing director of the Center for Studies on New Religions (CESNUR), an international network of scholars who study new religious movements. Introvigne is the author of some 70 books and more than 100 articles in the field of sociology of religion. He was the main author of the Enciclopedia delle religioni in Italia (Encyclopedia of Religions in Italy). He is a member of the editorial board for the Interdisciplinary Journal of Research on Religion and of the executive board of University of California Press’ Nova Religio. From January 5 to December 31, 2011, he has served as the “Representative on combating racism, xenophobia and discrimination, with a special focus on discrimination against Christians and members of other religions” of the Organization for Security and Co-operation in Europe (OSCE). From 2012 to 2015 he served as chairperson of the Observatory of Religious Liberty, instituted by the Italian Ministry of Foreign Affairs in order to monitor problems of religious liberty on a worldwide scale.


