この法案は、自由権規約に対する正面からの挑戦である。政府が政治的に敵対関係にあるとみなした宗教を、破壊することができるようになるからである。
マッシモ・イントロヴィニエ
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韓国はいま、今後数十年にわたる信教の自由の行方を左右する重大な分岐点に立っている。政府主導で進められてきた民法改正案、通称「宗教団体解散法」は、ついに国会での審議という決定的な段階に入った。李在明大統領の直接の指示を受け、2026年1月9日、崔赫振(チェ・ヒョクジン)議員は筆頭提出者として、11人の議員とともに民法改正案第2215932号を国会に提出した。この法案が成立すれば、国家は宗教団体に対して、これまでにない強大な権限を手にすることになる。すなわち、宗教団体を監査し、活動を停止させ、最終的には解散させたうえで、その資産を没収し公有化する権限である。
政府は、この措置が宗教団体による「政治介入」を抑止するために必要だと主張している。しかし、法案の適用範囲は、政府が示唆する特定の標的に限定されているわけではない。大きな宗派から、小さな信徒集団に至るまで、あらゆる宗教団体が対象となる。その影響は、数百万人に及ぶ信者の運命が、政府の直接的な統制のもとに置かれることを意味する。
これは単なる規制改正ではなく、国家と宗教の関係そのものを構造的に変えようとする試みである。また、信教の自由の制限に対して厳格な要件を課する自由権規約と、真正面から衝突するものである。韓国は当規約の締約国である。
提案されている改正案は、政府に対し、宗教団体への強制的な立ち入り検査や、指導者への尋問を可能にするだけでなく、「政治的関与」などを理由に法人格を奪う権限まで認める内容となっている。しかし、これらの用語はいずれも定義が曖昧で、解釈の余地が大きく、容易に武器化されてしまう危険性がある。
さらに憂慮すべきは、解散された宗教団体の資産を国家が没収できるとする規定である。数十年にわたり信者が捧げてきた献金や、不動産、さらには宗教生活を支えてきた物的基盤までもが、十分な救済手段のないまま政府に吸収されかねない。いかなる宗教共同体にとっても、これは社会的死刑宣告に等しい。
この法案を正当化するために用いられているレトリックも、同様に看過できない。政府関係者は、「政教分離」を守るためだと主張しているが、その解釈は原則そのものを完全に転倒させている。民主主義国家の憲法に広く共有されてきた本来の意味とは、“国家は宗教への介入を控えるべき”という点にほかならない。ところが、提案されている法律は、国家に対し、宗教団体を監督し、懲戒し、思いのままに消滅させることができる権限を与えるものである。
自由権規約第18条は、宗教および信条の自由を保障している。同条においてその制限が認められるのは、内容が明確で予見可能であり、法律に定められていて、かつ公共の安全、公共の秩序、公共衛生、公共道徳、あるいは他者の基本的な権利および自由を守るために必要な場合に限られる。しかも、そうした場合であっても、その制限は目的と釣り合ったものでなければならない。
しかし、今回提案されている韓国の法案は、これらの基準をいずれの点においても満たしていない。
第一に、解散の根拠とされる要件があまりにも曖昧であり、国際人権法が求める明確性や予見可能性を著しく欠いている。
第二に、この措置はその「必要性」がない。韓国にはすでに、宗教指導者や宗教団体による不正行為に対処するための刑事・民事・行政上の手段が一通り整備されている。解散は最後の手段ではなく、無用な行き過ぎである。
第三に、この法案は、自由権規約が認めるいかなる正当な目的にも合致していない。「政治的関与」は、信教の自由を制限する正当な根拠として認められていない。むしろ自由権規約は、宗教を有する個人や団体が、公的な生活に参加する権利を明確に保障している。
最後に、この法案は、基本的人権に対する制限は必要最小限でなければならないとする、自由権規約の比例原則にも反している。宗教法人そのものを解散させ、資産を没収するという措置は、最も過酷な手段である。これは、個々の不正行為や、政府の意に沿わない集団的な政治活動に対しても、明らかに行き過ぎた対応と言わざるを得ない。
この法案を取り巻く政治的文脈は、その危険性をいっそう明確にしている。この提案は、李大統領が、日本における旧統一教会に対する解散命令の第一審判決をモデルとして言及した直後に提出された。しかし、同判決に対する国連をはじめとした国際社会からの批判は、まったく考慮されていない。さらに、日本の解散命令は、教団による過度な献金の問題を根拠としているのに対し、韓国には同様の問題は存在しない。韓国で問題とされているのは、一部教会の政治への関与である。

李大統領は、自身の政党や自身の宗教的同盟者が敵対視している二つの「異端」運動である統一教会と新天地を標的としていることを公然と説明した。しかし、法案の文言は広範に設定されており、その教義や政治的見解が政権の意向に沿わない宗教団体であれば、いかなる団体にも適用され得る内容となっている。
まさにこの点こそが、国際人権法が、国家による宗教団体の解散を、最も極端な状況を除いて認めない理由である。一度このような権限が国家に与えられれば、その乱用を防ぐことはほとんど不可能である。
もしこの法案が成立すれば、憲法違反を問う訴訟は避けられないだろう。韓国憲法は信教の自由を保障しているが、裁判所は、その保障がいまなお実質的な意味を持つのかどうかという、極めて重い判断を迫られることになる。
事の重大さは、これ以上ないほど大きい。提案されている法案は、端的に言えば、どの宗教が存続を許されるのかを国家が決定する権限を与えるものである。それは、信教の自由を、基本的人権から条件付きの特権へと変質させる。
韓国はこれまで、民主的制度と人権への取り組みにおいて高い評価を受けてきた。しかし、民主主義は選挙だけで定義されるものではない。とりわけ良心の問題においては、国家権力にどれだけ限界を課すかでその真価が決定される。
もし「宗教団体解散法」が成立すれば、韓国は、中国を筆頭とした、政府を支持しない宗教団体を消滅させる権限を自らに与えた少数の国家群に加わることになるだろう。それは、自由権規約、国際規範、そして韓国自身の憲法的伝統からの、重大な逸脱を意味する。
いま問われているのは、韓国が信教の自由へのコミットメントを再確認するのか、それとも信仰の「生殺与奪」を国家の手に委ねてしまうのか、ということである。

Massimo Introvigne (born June 14, 1955 in Rome) is an Italian sociologist of religions. He is the founder and managing director of the Center for Studies on New Religions (CESNUR), an international network of scholars who study new religious movements. Introvigne is the author of some 70 books and more than 100 articles in the field of sociology of religion. He was the main author of the Enciclopedia delle religioni in Italia (Encyclopedia of Religions in Italy). He is a member of the editorial board for the Interdisciplinary Journal of Research on Religion and of the executive board of University of California Press’ Nova Religio. From January 5 to December 31, 2011, he has served as the “Representative on combating racism, xenophobia and discrimination, with a special focus on discrimination against Christians and members of other religions” of the Organization for Security and Co-operation in Europe (OSCE). From 2012 to 2015 he served as chairperson of the Observatory of Religious Liberty, instituted by the Italian Ministry of Foreign Affairs in order to monitor problems of religious liberty on a worldwide scale.


