2009年以降、不相当な献金勧誘とされる事例はほぼゼロにまで減少した。しかし裁判所は、問題は依然として存在すると主張している。
マッシモ・イントロヴィニエ
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東京高裁による宗教法人としての統一教会の解散決定は、違法な献金勧誘が行われていたとの主張に基づいている。しかし教会側は、そのような勧誘はごく一部の例外を除き、2009年以降は行われていないと主張している。したがって、教会が17年前にほぼ廃止した慣習に基づいて、2026年に組織を解散させる というのは、不合理に思える。
決定文は、たとえ教会が1987年以降、ハッピーワールド社の問題のある活動(本連載の前回で論じた)に対処してきたとしても、2000年代初頭にかけて、「霊感商法」や信者に刑事・民事上のリスクをもたらし得る献金への圧力が次第に強くなっていたことを強調している。裁判所は、新世事件における信者への刑事判決(これも前回触れた)を、教会の対応が始まる直接のきっかけであったとするが、同時に、2008年には消費者保護の強化を目的に特定商取引法が大幅に改正されたことも事実である。
その結果、教会は2009年に「コンプライアンス宣言」を出した。判決はこれを単一の文書としてではなく、2009年に信者に送付された複数の公式な指示も含め、その後数年間にわたり示された解釈文書と併せて詳細に検討している。最新のガイドラインは、これらの指針が全面的に有効であることを認めるとともに、新たな指示も含め、安倍元首相の暗殺およびそれに続く一連の論争を受けて、2022年および2023年に信者に送付された。
裁判所は、これらの指針が包括的なものであったことを認めている。その内容には、先祖の因縁に結びつけて献金を促進および勧誘してはならないことや、信者の経済状況に比して高額な献金を受け取らないようにすべきことなど、詳細な指針が含まれていた。さらに、献金は統一教会の教義を十分に学んだ者からなされるべきであり、その受領主体が統一教会であることを明確にすべきであるとも定められていた。加えて、精神的な問題を抱える者や認知能力の低下が見られる者に対して献金を勧誘してはならないという規則も設けられていた。高齢者からの献金については、意思決定能力や信仰の程度、生活状況、家族関係などを考慮し、不合理な献金に伴う問題を防ぐよう指示されていた。
むしろ、東京高裁が認めているように、安倍元首相の暗殺後に講じられた措置はさらに厳格なものであった。さらに、教会は全国的に著名な弁護士を含む、独立した補償委員会を設置し、不満を抱く献金者への迅速な返金対応を行う体制を整えたのである。
また、安倍元首相銃撃事件に対する感情的な反応を受けて、政府が宗教献金に関する新たな法律を制定した際に、多くの専門家がこの法律を信教の自由に対する脅威であると批判していたにもかかわらず、教会は直ちにこれに従うことを表明した。なお補足すれば、東京高裁の決定は、この2023年の法律を、その制定以前の教会の行為を評価するために遡って適用している。しかもこれは遡及的な法適用には当たらないと主張しているが、その理由として、同法は既存の法規に内在していた内容を明確化・解釈したにすぎないと説明している。これはまったく説得力を欠いている。
「霊感商法」や不適切な献金勧誘を終わらせるために教会が導入した措置によって、問題はすでに解決しているはずであった。それが事実にせよ認識にせよ、15年以上前に行われ、その後は繰り返さないよう反省し是正してきた行為を理由に、宗教法人を解散させるのは、決して論理的でない。論理的な結論 はというと、教会は解散されるべきではないという結論である。
しかし一般的な論理とは異なり、東京高裁は、コンプライアンス宣言とそれに基づく指針が、違法な献金勧誘に対して十分に対処していなかったと判断している。この主張を裏付けるために、裁判所は自らの計算と矛盾する結論を導いている。判決は主に、教会が敗訴した民事訴訟の件数に依拠している。その中でも、2009年のコンプライアンス宣言以降、具体的には2010年から2013年にかけて、献金や韓国への渡航費(元信者が後になって後悔し請求したお金)をめぐり、信者が教会を相手取って勝訴した3件の事例を挙げている。しかし、2013年以降の献金に関する事例は示されていない。さらに東京高裁は、2016年にわずか5か月間教会の信者だった者が返金を受けた1件の和解にも言及している。
明らかに、15年間でわずか4件という数字では、その傾向を示すことができない。これは、コンプライアンス宣言によって導入された仕組みが、定着するまでに数年を要したことを示すにすぎない。その後、事例はごく少数にまで減少し、最終的にはゼロに至っている。
しかし、東京高裁は2つの新たな、しかも異例のカテゴリーを持ち出している。第1のカテゴリーには、コンプライアンス宣言以降も違法な献金勧誘が行われた「可能性が相応」にあるとされる事例である。このカテゴリーにおいて、東京高裁が挙げているのはわずか2件にすぎない。1件は、統一教会に有利であった従前の判決をくつがえした2024年の最高裁判決と、もう1件は訴訟上の和解である。これら2件の事例では、死亡した信者や精神的能力を失っていたとされる信者による献金について、親族たちが献金の複雑な再構成を試みているのである。

より多くの件数に到達するために、東京高裁はさらに第2の新たなカテゴリーをつくった。それは、コンプライアンス宣言以降も違法な手段によって献金勧誘が行われた「可能性が否定できない」という事例である。前のカテゴリーとの違いは、こちらは「相応の可能性」ではなく、単に「可能性」にとどまる点にある。この第2のカテゴリーでは、東京高裁は138名の元信者に関する、和解および訴訟外の示談を挙げている。公平性を装うためか、決定文ではこのように記されている。「本件銃撃事件後に示談が成立した事案については、抗告人が抗告人に対する社会的な批判の高まりを意識して、請求者の主張に必ずしも十分な根拠がない事案であっても示談に応じた可能性が否定できないことから、示談一覧表には含めていない」。
しかし、挙げられている138件(2010〜2023年の間、1年に約10件)は、2009年以降の違法な献金勧誘を明確に示すものではない。もし違法性を示すものであれば、東京高裁はこれらを、2009年以降(ただし2014年以前)の不法行為として示した最初のリストに含めていたはずである。ところが、そのリストに挙げられているのは、民事判決3件と和解1件だけであった。裁判所自身の言葉によれば、これら138件は「確実に認定することはできない」とされている。つまり、2009年以降に献金が行われ、それが不適切な手段で勧誘された可能性は「否定できない」一方で、その逆の可能性もまた否定できないのである。要するに、これは純粋な推測にすぎず、本来決してこのような推測に基づいて判断が下されてはならない。
以上のように数値自体が決定的な意味を持たないため、東京高裁は、2009年のコンプライアンス宣言以降も違法な献金勧誘が続いていたことを立証するために、さらに3つの別の論拠を挙げている。第1は、統一教会が受け取った献金額が、2009年以降変動はあるものの、大きく減少していないという点である。しかし、これは当然ながら不正行為の証拠とはならない。むしろ、さまざまな社会的批判にもかかわらず、多くの信者が信仰を維持していたことを示す証拠である。解散を正当化するために裁判所が立証すべきなのは、献金が集められたという事実ではなく、それが違法な手段によって集められたかどうかである。
第2の論拠は、2009年以降も教会が献金の「数値目標」やノルマを設定し、その達成状況に基づいて牧会者を評価していたという点である。東京高裁も、この仕組みが徐々に「緩和」され、献金目標の達成は牧会者を評価する複数の基準のうち一つにすぎなかったことを認めている(教会によれば、全体評価への影響は約10%であった)。しかし、将来、教会が再び高い献金目標を設定する可能性があると指摘しているが、これもまた推測にすぎない。さらに裁判所は、献金を前もって予算として組み込むこと自体を、本質的に問題があるとみなしているように見える。
ここで裁判所は、多くの宗派に共通して見られる実践を、問題視されている団体が採用した場合に特異なものとして扱うという、ありふれた失態を犯している。献金は、多くの教会にとって主要な収入源である。献金を考慮に入れない予算見通しは、教会にとって現実的とは言えない。それにもかかわらず、東京高裁の表現は中立的ではなく、予算見通しを意図的に「ノルマ」として再定 義している。牧会者の評価については、今日のすべての教会において、牧会者は単なる霊的指導者だけでなく、運営を管理する役割が求められている。献金を集めることが評価の唯一の基準であってはならないが、それができない牧会者は有能とは言えない。統一教会においても実際に、それが評価の唯一の基準ではない。
第3の論拠は、東京高裁の真の目的を露わにしている。それは繰り返し、不相当な献金勧誘行為が再び行われる可能性があり、「その根本的な原因が抗告人(統一教会)にある」としている。すなわち、教会が“真の父母”の普遍的使命を説き、犠牲や献身、苦しむ先祖を助けるといった教えを掲げ続ける限り、大規模な献金を集め、信者に違法な勧誘を行わせることは避けられない、との見方である。その結果、解散は不可避であると結論づけている。
裁判所が真に求めているのは、教会の神学に欠陥があり、本質的に問題を含み、濫用的であることを世間に認めさせ、統一教会の教義の中核部分を修正または廃止することを約束させることにあるように見える。結局のところ、この決定は、すでに大部分が是正されている問題行為に対処しようとするものではなく、教会の本質や信念そのものに基づいて教会を抑圧しようとするものであることを、改めて示している。

Massimo Introvigne (born June 14, 1955 in Rome) is an Italian sociologist of religions. He is the founder and managing director of the Center for Studies on New Religions (CESNUR), an international network of scholars who study new religious movements. Introvigne is the author of some 70 books and more than 100 articles in the field of sociology of religion. He was the main author of the Enciclopedia delle religioni in Italia (Encyclopedia of Religions in Italy). He is a member of the editorial board for the Interdisciplinary Journal of Research on Religion and of the executive board of University of California Press’ Nova Religio. From January 5 to December 31, 2011, he has served as the “Representative on combating racism, xenophobia and discrimination, with a special focus on discrimination against Christians and members of other religions” of the Organization for Security and Co-operation in Europe (OSCE). From 2012 to 2015 he served as chairperson of the Observatory of Religious Liberty, instituted by the Italian Ministry of Foreign Affairs in order to monitor problems of religious liberty on a worldwide scale.


