法律とその解釈を遡及適用してはならないという原則を守ったパール判事に、日本人は敬意を送る。しかし、その原則は家庭連合には適用されなかった。
トーマスJ・ワード
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多くの日本人は、1946年から48年にかけて行われた極東国際軍事裁判(東京裁判)で、ただ一人反対意見を述べたインドのラダ・ビノード・パール判事を深く尊敬している。パール判事は、当時の日本の戦時政府および軍の最高幹部25名全員の無罪を主張した。パール判事自身が「勝者の裁き(Victor’s Justice)」と呼ぶ手法に対して、彼は強く異議を唱えた。勝者の裁きとは、有罪判決を導くために、戦勝国により作られた事後法を適用することである。彼の法の原則に基づく反対意見により、パール氏は1966年、昭和天皇から勲一等瑞宝章を授与された。京都の護国神社や、議論の的となる東京の靖国神社には、パール氏を顕彰する碑も建立されている。それは、「法律なければ刑罰なし(nulla poena sine lege)」という原則が、万人に等しく適用されるべきだと主張したパール判事を称えるものである。2007年には、安倍晋三元首相がインド国会での演説で、極東国際軍事裁判においてパール判事が示した気高い勇気を称え、彼に敬意を表した。
1,235ページに及ぶ反対意見の中でパール判事は、司法と「権力の行使」とを明確に区別した。つまり、既に定められた正当な法的基準に基づくのではなく、権力によって刑罰を科すことは、司法とは異なるという意味である。さらに彼は、アメリカ合衆国憲法が事後法を明確に禁じているにもかかわらず、アメリカ政府代表団はニュルンベルク裁判や東京裁判で遡及的法理を支持した事実を、皮肉を込めて指摘した。
パール判事にとって、これは日本の戦時行為そのものを擁護するための主張ではなかった。彼の意図はむしろ警告にあった。たとえ過ちがあったとしても、既に存在する明確に定められた法に基づかない処罰は、もはや司法とは言えない。今まで自民党の議員たちが度々引用してきたパール判事のこうした立場と、1951年制定された宗教法人法第81条第1項に対する急な法解釈の変更の間には、明らかな齟齬(そご)がある。この再解釈は、岸田文雄首相が世界平和統一家庭連合の解散を進める際の根拠とされた。

2022年7月8日、旧統一教会(世界平和統一家庭連合)に恨みを抱いていた男によって安倍晋三元首相が暗殺された。この事件を受け、メディアの調査報道は、家庭連合と自民党議員との多方面にわたる関係を明らかにし、国家的なスキャンダルへと発展した。それは、岸田文雄政権にとって深刻な政治的打撃となった。
同年10月18日の時点では、岸田首相は、これまで70年にわたり民法上の不法行為は解散命令の根拠にならず、刑法違反を前提として請求されてきたため、宗教法人法第81条第1項に基づき家庭連合の解散を請求することはできないとの認識を示していた。
しかし、そのわずか24時間後、岸田首相は立場を変えた。『朝日新聞』によると、政府高官は「“野党からの厳しい批判に政権として耐えられない”と判断した結果、首相は姿勢を変更した」と語った。
こうしてわずか一日のうちに、明らかな政治的圧力のもと、政府の法解釈が変更されたのである。その結果、2009年から2022年までの家庭連合の行為に対し、後から定められた基準を遡及的に適用する一連の手続きが進められていったのである。
2009年3月、献金勧誘をめぐる民事訴訟に直面した家庭連合は、「コンプライアンス宣言」を発表した。また、東京地裁は家庭連合の解散をめぐる決定において、「同教団がコンプライアンス宣言をさらに“拡充し”、法令遵守を確保するための方針を実際に実施していたと認定した」。パトリシア・デュヴァル氏が指摘するように、2010年以降、「献金の支払いによって損害が認められた」原告はわずか3名にとどまり、直近の事例も2014年のものであった。それにもかかわらず、2025年3月、東京地裁は解散を認める決定を下した。家庭連合はこれを不服として東京高裁に抗告しており、現在も審理が続いている。
もっとも、パール判事の原則は本件には当てはまらないと主張する向きもあるだろう。彼が論じたのは刑事訴追であり、家庭連合が直面しているのは行政上の解散にすぎない、と。しかし、パール判事の立場は単なる刑罰の量定にとどまらず、国家による制裁の正当性そのものに関わるものである。すなわち、予測可能な法に基づくのではなく、権力による遡及的な解釈変更を通じて制裁を科すことが許されるのかという問題である。宗教団体の行政的解散は、きわめて重大な制裁である。それは法人としての法的存在そのものを消滅させる措置であり、場合によっては、個人に科される多くの刑罰以上に、宗教の自由に深刻な影響を及ぼし得る。
今回の解散手続きは、法の支配の観点から三つの懸念を提起している:
遡及性。十年以上前に完了した行為が、解散に値する不正行為への解釈を新たに拡張した基準のもとで、あらためて評価されている。
政治的動機。解釈変更は、政府が「批判に耐えられない」という理由で正当化されたものである。これは、パール判事が警告したとおり、政治的要請が本来中立であるべき法基準に取って代わった例である。
規制の放棄と、その後の遡及的非難。政府には13年間、将来に向けて措置を講じる機会があった。それにも関わらず、政治的危機の後になって、過去の行為を遡及的に非難したのである。
家庭連合に関連する金銭的搾取の疑いについては、慎重な検証が求められる。仮に正真正銘の被害者が存在するのであれば、適切な救済が図られるべきである。しかし、民主主義国家にはすでに法に基づく手段が備わっている。すなわち、刑事訴追、民事訴訟、そして明確かつ一貫した基準に基づく将来的な規制である。これは、十三年にわたり規制上の対応がなされなかったのに、政治的圧力のもとで法解釈を遡及的に変更し、それを根拠として解散を命じることとは異なる。もし宗教法人を規律する法基準が、一度の政治的圧力の強まりによって遡及的に拡張されるのであれば、いかなる宗教団体も、確信をもってコンプライアンスを約束することはできなくなる。このような脆弱性は、特定の団体に限られた問題ではない。それは制度全体に関わる問題である。
いま、東京高裁が直面している問いは、特定の団体を超えた問題である。すなわち、規制の対象となる団体は、法基準の意味が遡及的に変更され得る状況の中で、はたして合理的にコンプライアンスを約束することができるのか。政府が「批判に耐えられない」ことを理由に、解釈変更をすることは正当化され得るのか。行政側は、遡及的な断罪ではなく、将来に向けた明確な指針を提供する責任があるのではないか。

これらの問いは、東京裁判においてパール判事が提起した問題を想起させる。彼の答えは明確だった。正当な法基準は、事前に明確でなければならない。国家権力が政治的圧力のもとで法解釈を遡及的に変更し、広範な制裁を科すとき、そのプロセスはパール判事が東京裁判で批判したのと同質のものに近づいていく――それは司法ではなく、「権力の顕現のための単なる道具」(p.17)であると。
日本は、数十年にわたりパール判事を顕彰してきた。日本の裁判所は、四分の三世紀を経たいま、被告は不人気であり、政治情勢が激しく揺れ動くなか、はたしてパール判事の原則的立場は貫かれるのかという試練に直面している。

Thomas J. Ward, a Unificationist for more than fifty years, is Professor of Peace and Development Studies at HJ International Graduate School for Peace and Public Leadership. He previously served for eighteen years as Dean of the College of Public and International Affairs at the University of Bridgeport. A Fulbright alumnus, his work has been published inter alia by “East Asia Quarterly,” “E-International Relations,” and “The Journal of CESNUR.”


