家庭連合(旧統一教会)の解散命令と、宗教的マイノリティの二世に対する学校での「刷り込み教育」は国際法違反である。
パトリシア・デュバル
*この文章は、2025年9月26日ジュネーブでの国連人権理事会第60会期サイドイベント「Human Rights in Japan. Religious Cleansing in Japan: Eradication of an Entire Faith Community」(日本における人権――宗教浄化:信仰共同体の根絶)にて発表されたものである。
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本日私は、国連の基準から深刻に懸念されている二つの点についてお話ししたいと思います。
1) 国際人権法における解散の違法性
統一教会の解散は、宗教法人法第81条に基づいています。そこでは、「1. 法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為をしたこと。」により、裁判所は宗教法人についてその解散を命ずることができるとされています。
今回のケースでは、宗教部門を所管する文部科学省が東京地裁に解散命令を請求し、次のように主張しました。「統一教会信者は、昭和55年頃から令和5年頃まで、個人の自由な意思決定に制限を加えて、正常な判断が妨げられる状態で献金をさせ(“洗脳”の非難)、親族を含む多数の者の生活の平穏が害されてきた。」
しかし、同イベントでフィゲル博士が指摘したように、日本が締約している自由権規約第18条は、宗教または信条を表明する権利を、上記のような理由で制限することを認めていません。
「多数の者の生活が害された」という理由は、公共の秩序の動機にはなり得ず、つまり権利を制限するため国家が介入する理由にはなりません。むしろ、他者を不快にさせることがあっても、それを認めるのが信教の自由です。
私がここで強調したいのは、文部科学省が主張の根拠として挙げているすべての期間において、過激な弁護士や主流宗教が力によって統一教会の信者を「ディプログラム(強制脱会)」していることを、政府が黙認してきたことです。虚偽による拉致や家族による違法な監禁、そして多くの場合、信仰否定のためのプロテスタント牧師による説得を黙認してきたという点です。
私の質問は、いったい誰が誰の生活の平穏を害してきたのかということです。
これらのディプログラマーとその支援者たちは、何千もの家庭を破壊させました。文部科学省が言及する40年間のあいだに、およそ4,300人の信者が政府の黙認と放置のもと、強制的な「ディプログラミング」を受け、その結果数千の家庭が崩壊し、回復不能な被害を受けたのです。
多くの親たちは圧力を受けて、成人した子どもにディプログラミングを受けさせるよう仕向けられました。
むしろ政府こそ、家庭を崩壊した責任を問われるべきです。
文部科学省は、「平穏を害した」と主張する根拠として、20〜40年前に元信者によって提訴された32件の不当な民事判決を用いました。その民事訴訟はディプログラミングを受けた元信者によって提訴されたものでした。元信者はディプログラマーや弁護士らによって圧力をかけられ、信仰を放棄したことを証明するため、または監禁から解放されるため、統一教会を相手に損害賠償請求をするよう仕向けられたのです。
これらの民事裁判では、教会が「社会規範」に反したという理由で不法行為が認定されました。
しかし、「社会規範」や「公共の福祉」といった言葉は曖昧で恣意的であり、宗教的信仰や実践の領域に持ち込むべき概念ではありません。そのような基準を適用することは、宗教に対する国家の中立義務、そして自由権規約を遵守する日本の国際的責務に反するものです。

国連の自由権規約人権委員会(The UN Human Rights Committee)は、自由権規約の遵守状況を締約国ごとに監視するために設置され、これまで一貫して日本に対し「公共の福祉」という概念を用いて宗教または信条の自由を制限することをやめるよう求めてきました。
日本は1979年に同規約を批准し、同委員会による監視の権限を受け入れています。
翌1980年から委員会は、日本の法律に市民的自由を制限するため「公共の福祉」という概念が導入されていることを繰り返し非難し、次のような勧告をし続けてきました。「当委員会は、『公共の福祉』の概念が曖昧かつ無限定であり…(中略)締約国に対し、第18条に定められた厳格な要件を満たさない限り、思想、良心および宗教の自由に対していかなる制限も課さないよう強く求める。」
したがって日本当局は45年前から、自由権規約に従うため日本の法律を見直す必要があることを認識していたと言えます。それにもかかわらず、日本は虚偽の口実のもとに国際的なコミットメントを破り、見直すことを拒んできました。
そして今、日本は違法な根拠に基づいて、ひとつの宗教を完全に根絶させようとしています。
加えて、「社会的相当性」という概念は、主流派の宗教による差別や支配を助長する恐れがあります。(プロテスタント系のディプログラマーによる事例がその典型です。)
これは自由権規約第18条に関する国連人権委員会の総評22で示されている基準に完全に反しています。「信条および宗教という語は広く解釈されなければならない。第18条の適用は、伝統的な宗教、または伝統的な宗教と類似する制度的特徴や実践をもつ宗教および信条に限定されない。従って委員会は、 あらゆる理由に基づく宗教または信条に対する差別の傾向を懸念している。あらゆる理由の中には、それらが新宗教であるという事実または支配的な宗教コミュニティーからの敵意の対象となりうる宗教的マイノリティーであるという場合も含まれる。」
したがって、日本の法律上の違反や犯罪が存在しない中、宗教的実践が「社会的相当性」を欠くという理由で、宗教または信条を表明する権利を世論の敵意によって裁判所が制限するということは、決して正当化されません。
それにもかかわらず、解散命令の根拠となった32件の民事判決は、全て上記のような理論に基づいていたのです。
2)第二の懸念点:親の信仰に反対する子供への政府による「再教育」方針
安倍元首相の暗殺事件後、弁護士たちによる反統一教会ネットワークは、政府に対して教会への抑圧的措置を講じるよう求める複数の「意見書」を2023年に発表しました。
そのうちの一つ、「宗教二世問題」を取り上げた意見書が採択されました。これは、2024年1月の閣議での、統一教会の子供やその他の宗教的マイノリティの子どもたちを、日本の公教育の場で「再教育」するという方針の採択を助長しました。
本来子どもの宗教または信条の自由を保障するためにある「子どもの権利条約」を意図的に歪め、再解釈し、弁護士たちは宗教的マイノリティの子どもたちは親の信仰から救出されるべきだと断じたのです。その理由として、「子どもは必ずしも自らの自由意志で宗教を実践しているとは限らない」と主張しました。
そのため、子どもたちに親の信仰を「批判的に考える力」を植え付けるべきだとしています。

弁護士たちは意見書で次のように説明しています。「人格形成期にこうした環境下に置かれた者は、成人した後にも、植え付けられた宗教上の教義から離脱できない」。
この説明から明らかに分かることは、特定の宗教の子どもたちが、将来その宗教の信者や信徒になるのを防ぐことに彼らの目的があるということです。
政府が採択したこの方針では、親の宗教的信念により被害者になりかねないという仮想の虐待を前提に、特に助けや問題を表明していない子どもたちに対しても、広範な教育を行うことが定められています。
その一環として、宗教教育の押し付けや「地獄」に関する発言などを心理的虐待として描いた漫画を大量に配布し、あわせて、ホットラインを通して相談や情報提供を子どもが自由に求めることができるよう「SOSミニレター」を配布することが計画されています。
さらに教員には、特に子どもから明確な意見がなくても、具体的な「カウンセリング」が必要と見られる、統一教会のコミュニティに属する子どもを特定及び選別するよう求められています。
そして、このカウンセリングを効果的に行うために、統一教会を離れた敵対的な元信者が自らの「知識と専門性」を活かし、カウンセラーを育成することが政府の方針としてあげられています。
このように一度生徒を選別すると、政府は統一教会に敵対的な元信者をカウンセラー育成のためのインストラクターとして起用し、現役信者の子どもを対象としたカウンセリングを行うのです。
これは、宗教への国家の中立義務に対する明白な違反であり、親が自らの信念に基づき子どもの宗教的・道徳的教育を行う権利を保障する自由権規約および子どもの権利条約に反する、許されざる国家の介入です。
これらの事実が示すのは、日本の統一教会に対して取られている措置が、単なる一宗教法人の解散ではなく、全ての信仰共同体を根絶する試みであるということです。我々はいま、信仰マイノリティーへの国家による「宗教浄化(religious cleansing)」を目の当たりにしています。

Patricia Duval is an attorney and a member of the Paris Bar. She has a Master in Public Law from La Sorbonne University, and specializes in international human rights law. She has defended the rights of minorities of religion or belief in domestic and international fora, and before international institutions such as the European Court of Human Rights, the Council of Europe, the Organization for Security and Co-operation in Europe, the European Union, and the United Nations. She has also published numerous scholarly articles on freedom of religion or belief.

