原因としては、新宗教運動に共感する学者の不在と冷戦後の政治状況などが挙げられる。
魚谷俊輔
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日本における統一教会の問題で特異な点の一つは、本来なら統一教会に対して客観的な研究を行い、中立的な発言をする宗教学者がいないということである。分かりやすく言えば、日本にはアイリーン・バーカー博士のように実際に参与観察をして統一教会について研究し、正確な情報を発信する宗教学者がいないのである。
日本の宗教学の歴史の中には一時期、信仰者に対する「体験的身体的理解」や、信仰者の内面を共感的に捉えようとする「内在的理解」などの手法がもてはやされた時代があった。これは研究主体とその対象という二分法を克服し、研究対象に認識主体が接近しようという動機に基づくものであり、両者ともに宗教的世界に対して極めて好意的な姿勢を示していた。
ところが、こうした手法でオウム真理教の研究に関わった宗教学者たちが、オウムの中に潜む闇を見抜くことができなかったことが批判されるようになり、こうした研究手法は「宗教に対してあまりにも肯定的すぎる」と批判されて大きく躓くこととなったのである。オウム事件が日本の新宗教研究に残したトラウマはあまりにも大きく、いまだにそこから立ち直っていないと言っても過言ではないほどである。(拙著『反証 櫻井義秀・中西尋子著「統一教会」』、p.751-2を参照)
こうした状況の中で、物議をかもしている新宗教団体と適切な距離を取ることが日本では大変難しくなっている。たとえ学問的には適切な距離を取って調査研究を行ったとしても、それを世間一般や反カルト主義者から「適切な距離である」と評価してもらうことが、日本社会においては難しいのだ。
日本女子大の教授であった宗教学者の島田裕巳は、過去にオウム真理教に対して好意的な評価をしたということで、地下鉄サリン事件後に大学から休職処分を受け、最終的には辞職に追い込まれた。
同じように、もし日本の宗教学者が統一教会に入り込んで情報提供してもらい、それをもとに統一教会について客観的な記述をしたら、「統一教会に対して好意的すぎる!」「統一教会の広告塔!」などと、反対勢力から一斉にバッシングを受けかねないので、宗教学者はうかつに手を出せないのである。

日本では宗教学者にも「政治的正しさ」が要求され、そこには学問の自由や独立性は事実上存在しない。これがオウム真理教事件以降に日本における新宗教研究が事実上死滅してしまった大きな原因であった。あからさまに批判的な立場をとる以外に、物議を醸している新宗教を調査研究することを世間は許容しないのである。
最後に、なぜいま解散命令なのかについて考えてみたい。統一教会に対する反対運動は長年にわたって粘り強く行われ、統一教会の社会的評判を落とすことに成功してきた。しかし、全国弁連が統一教会を解散させるべきであるとどんなに政府に要求しても、日本政府が統一教会を本気で解散させようとしたことはなかった。なぜなら、教会もその指導者も、何の罪にも問われたことがなかったからである。
こうした状況を一変させたのは2022年7月8日に起きた安倍晋三元首相暗殺事件である。この事件の犯人は統一教会の信者ではなかったが、彼の母親は信者である。この事件が引き起こした一種のパニックによって、当時の岸田文雄首相が判断を誤り、教会にもその指導者にも有罪判決がないにもかかわらず、解散命令請求に踏み切った。これが現在の状況の直接的な原因である。
しかし、そこに至るには歴史的な背景があった。最も重要な要因は冷戦の終焉である。日本の有名な宗教学者の一人である島田裕巳は、統一教会を冷戦時代の宗教であると分析した。世界に起きる出来事を神の側とサタンの側の対決であるととらえ、共産主義をサタンの側であると解釈する統一教会の神学は、冷戦時代には説得力があった。彼は以下のように書いている。
「保守勢力と勝共連合は、反共運動を展開するという点で共鳴し、特に、国内で共産党を批判し、その勢力を抑えることを目指してきた」(島田裕巳『新宗教戦後政争史』、朝日新聞出版、2023年、p.23)
しかし、1991年にソ連が解体され、冷戦構造が終わりを迎えると、自民党を含む保守勢力にとって、勝共連合と統一教会の存在意義は相対的に低下した、と彼はいうのである。
自民党は基本的に保守政党だが、その中でもより保守的な派閥とよりリベラルな派閥がある。安倍氏が率いていた「清和会」は最も保守的な派閥であり、勝共連合と歴史的なつながりがあった。安倍氏の祖父である岸信介首相は勝共連合の発起人の一人であり、1973年に文鮮明師と直接会談したこともある。安倍家と統一教会には、三代にわたるつながりがあったのである。

一方、岸田氏の所属していた「宏池会」は自民党の中でもリベラルな派閥であり、「清和会」とは歴史的に党内のライバル関係にあった。安倍氏が暗殺された時点で安倍派は約100名の国会議員を擁していたのに対して、岸田派は40名程度であった。岸田首相は、安倍氏の意向を無視しては政権運営ができないため、安倍氏に依存すると同時に疎ましく思うという複雑な関係にあったのである。それが安倍氏の死去によって状況が一変した。
ある自民党所属の地方議員は、岸田首相が統一教会と関係断絶を宣言し、解散命令にまでもっていった動機を以下のように分析している。
「安倍氏が銃弾に倒れたとき、確かに岸田首相はショックを受け、残念だと思ったであろう。しかし他方で、『これで安倍派の影響力を削ぐことができる。あわよくば安倍派を消滅させてしまって、自分のところで相当数取り込むことができる。あるいは安倍派の弱体化ができる』と勘違いして、特に家庭連合と関係の深かった安倍派の政治家の力を削ごうとしたのではないかと思っている。」(中山達樹編『統一教会の「解散命令」に異議あり』、グッドタイム出版、2025年、p.88-89)

歴史的な統一教会反対運動には、宗教的動機、イデオロギー的動機、親子関係などの複雑な要因が絡み合ってきた。しかしながら、こうした反対運動そのものが統一教会の解散を実現したのではない。純粋な法理によれば、統一教会を解散させる根拠はない。安倍晋三元首相暗殺事件以降の解散命令への動きの主な要因は、政治的なものであった。そして、自民党政府が統一教会を解散させるという決断をした背景には、安倍氏が死んで彼の派閥が大きく衰退することにより、自民党自身が変質し、左傾化してしまったという事情がある。

Shunsuke Uotani is the secretary general of the Universal Peace Federation-Japan. He studied chemical engineering at the Tokyo Institute of Technology and theology at the Unification Theological Seminary. He has held key positions since the founding of IIFWP, the predecessor of UPF. He has published and lectured widely on brainwashing, mind control, and deprogramming, and has written books such as “Mind Control as Pseudoscience” (2023) and “Rebuttal to Yoshihide Sakurai and Hiroko Nakanishi’s book ‘The Unification Church’” (2024).


