ほとんどの元信者は、離れた宗教に激しく反対することなく、ただ自分の人生を歩んでいく。
マッシモ・イントロヴィニエ
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背教者(かつて所属していた宗教に強く反発するようになった元信者)は、全体のごく一部にすぎない。ほとんどの元信者は、自分が離れたグループに対する攻撃的な反対者になることも、悪質だと見なすこともない。むしろ、社会に再び溶け込めることに満足し、もし離れた理由を聞かれれば、以前の宗教には良い点と悪い点の両方があったと答えるだろう。
実証データもこの見解を裏づけている。1999年、私はフランスの秘教運動「ニュー・アクロポリス」の元メンバーを対象に調査を行った。同団体は自らを宗教団体と位置づけていなかったため、プライバシーの懸念が解消され、元会員の名簿を入手することができた。これは匿名のアンケートを送るためにのみ使用した。
その結果、120名から回答が集まった。サンプルの11.7%が背教者(apostates)、16.7%が脱落者(defectors)、71.6%が普通の離教者(ordinary leavetakers)であった。

これを新宗教運動に関する学術研究の一流誌である「ノヴァ・レリジオ」で発表した際、私の研究結果が、「カルト」とレッテルを貼られたグループの元信者を対象にした他の学者の研究とも一致していることを発見した。その一例として、1981年に統一教会の元信者を調査したトルーディ・ソロモンの研究がある。
学術的なモデルでは、宗教からの離脱は、本人が自らの意思で選択する主体的なプロセスとして理解されている。これに対し、反カルト主義者の立場はより受動的で、背教者を「カルト」に囚われた「被害者」とみなし、外部からの「救出」によってのみ抜け出せると考える傾向がある。この発想は、時に「ディプログラミング」という過激な実践にまで発展する。そこでは信者が、家族に雇われたプロの「ディプログラマー」に拉致され、最終的に信仰を放棄するまで、しばしば強引で暴力的な説得を受ける。
しかし、イギリスの社会学者アイリーン・バーカーをはじめとする研究者たちは、この理論が統計的に裏づけられていないことを明らかにした。バーカーは頻繁に「カルト」とレッテルを貼られる団体の一つである、統一教会を調査し、そのほとんどの信者が誰かから「救出」されたり、ディプログラミングを受けたりする必要なく、5年以内に自ら静かに離れていたことを明らかにした。反カルト主義者が描く架空の「刑務所」とは違い、現実の新宗教運動では「回転ドア」のように人が出入りしているのである。
ブロムリーは、反カルト主義者が描いた棄教の「救出」モデルを、ネイティブ・アメリカンに拉致されたアメリカの白人入植者の、人種差別的な「捕囚物語」と比較した。19世紀には、特に若い白人女性がどのように拉致され、ネイティブ・アメリカンと結婚して彼らと同じように生きることを強制されたかを描いた本が人気を博した。この本は、ネイティブ・アメリカンの性的行動を不道徳なものとする誇張的な描写によって成り立っていた。同じような筋書きで、反カルト運動家たちはこの捕囚物語の構造を利用し、「カルト信者」を「カルト」によって「拉致監禁」された存在として描き、最終的には「ディプログラマー」によって「救出」される、という物語を作り上げてきたのである。

なぜ一部の元信者が「背教者」となるのか、その理由を探る研究者たちは、脱会プロセスに重要な意味があると指摘している。「カルト」からの脱会の際に拉致され、成功裏に「ディプログラム」された人々、すなわち「カルト」を離脱するよう激しい心理的圧力を受けた人々は、背教者になる可能性がはるかに高いことが研究で分かっている。「ディプログラミング」の成功によって脱会した人々は、「カルト」とレッテルを貼られた運動からの脱会者のうち少数派であり、それは背教者も同様である。
宗教団体を離れる人々は、脱会前、もしくは脱会中、または脱会後に反カルト運動と接触することがある。なぜなら脱会プロセスを開始するために、親族が反カルト組織と相談するからである。あるいは脱会を検討する人は、自分の属する宗教に対する批判を探したり、好奇心を示したりするからである。
もし反カルト運動やディプログラマーが、背教者を生み出す上で中心的な役割を果たしているとすれば、ブロムリーが書いたように、「背教者の証言が、反カルト運動が主催するあらゆる範囲の社会統制活動の中心となる。」これらの活動は、新宗教運動を差別し、可能であれば抑圧しようとするものである。
背教者の一部には、統一教会出身のスティーヴン・ハッサンのようにディプログラマーとなり、専門的および学術的な資格を取得した者もいる。その他多くの者たちは、反カルト運動と関わり続け、ブロムリーの言葉を借りれば、「道徳的地位の低下」を目標にした働きかけを、離れた団体に対して続けている。それゆえ、「満足している信者は洗脳されていると片づけられ、市民プロジェクトはPR活動とみなされ、関連団体はフロント団体とレッテル貼りをされてあざけられる」。そして背教者の説明を疑う学者は「カルト擁護者」と呼ばれるのである。

ブロムリーはまた、さまざまな種類の「背教者の職業」についても説明している。自分が離れた宗教を批判する本や講演で生計を立てたり、収入の大部分を得ている者もいる。他の元信者を勧誘して、背教者に変えようとする者もいる。そして、反カルト運動は背教者を利用し、彼らが「カルト」とレッテルを貼る宗教に対する攻撃の中で、「申し立てのあった違反行為は非常に根本的かつ大規模なものであり、(カルト側の)無実を訴える抗議は即座に拒否されるべき」と主張するのである。
背教者の物語を広めることによって、「(カルトに)敵対的な世論の風潮が作り出される」と、「調査公聴会」や裁判、政府による差別を通じて、「社会統制」と公的「制裁」が発動されるようになるとブロムリーは指摘している。

Massimo Introvigne (born June 14, 1955 in Rome) is an Italian sociologist of religions. He is the founder and managing director of the Center for Studies on New Religions (CESNUR), an international network of scholars who study new religious movements. Introvigne is the author of some 70 books and more than 100 articles in the field of sociology of religion. He was the main author of the Enciclopedia delle religioni in Italia (Encyclopedia of Religions in Italy). He is a member of the editorial board for the Interdisciplinary Journal of Research on Religion and of the executive board of University of California Press’ Nova Religio. From January 5 to December 31, 2011, he has served as the “Representative on combating racism, xenophobia and discrimination, with a special focus on discrimination against Christians and members of other religions” of the Organization for Security and Co-operation in Europe (OSCE). From 2012 to 2015 he served as chairperson of the Observatory of Religious Liberty, instituted by the Italian Ministry of Foreign Affairs in order to monitor problems of religious liberty on a worldwide scale.



