安倍晋三元首相銃撃事件の後に始まった反カルトキャンペーンは,ヘイトスピーチだけでなく身体的暴力も引き起こした。2人の女性が体験を語る。
マッシモ・イントロヴィーニュ
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ヘイトスピーチがヘイトクライムを生むことは,日本において衝撃的な仕方で証明されている。2022年に安倍晋三元首相が銃撃され死亡した後,エホバの証人を攻撃するキャンペーンが始まり,その結果,何人もの信者が身体的暴行を受けた。銃撃事件の犯人の主張は,旧統一教会(現在は世界平和統一家庭連合)の信者である母親が2002年に破産したのは,統一教会に多額の献金をしたことが理由だというものである。その後「カルト」を攻撃するキャンペーンが始まり,特に保守的な宗教団体で育った子どもたちへのいわゆる「宗教的児童虐待」への対策として厚生労働省が発表したガイドラインにより,エホバの証人もその標的となった。
私は今月,同僚のホリー・フォークと共に学会に出席するため日本に来た。その際,暴力の被害に遭った2人のエホバの証人の女性信者から話を聞くことができた。
Yさんは,攻撃的な雰囲気とは程遠く,他人を脅すような態度を取りそうもない,感じの良い老婦人である。2024年2月,Yさんは仲間の女性信者と共に,千葉のある集合住宅で戸別伝道をしていた。仲間の信者がある部屋のインターホンを押すと,「10万円払えば話を聞いてやる」という怒った男性のどなり声が返ってきた。口論を避けるため,「たいへん失礼しました」とだけ言って建物を出ようとした。ところが男性は「待て!」と叫んでドアを勢いよく開けたので,女性はドアと外壁の間に挟まれてしまった。すると男性は,今度は目の前にいたYさんを階段の上から5段下まで突き落とした。さらにドアに挟まれていた女性の髪をつかんで階段の下まで引っ張って行った。2人はすぐにその場を立ち去り,近くで待っていた別の女性信者と合流した。
Yさんと長老(各地にあるエホバの証人のグループの世話役)である夫は,事件の詳細を会衆の他の長老たちに知らせることにした。日本支部に相談した長老たちは,被害に遭った女性たちと会い,警察に被害届を出すよう勧めた。Yさんの仲間の信者は,エホバの証人ではない夫とのトラブルを避けるため被害届を出さないことにしたが,Yさんは夫と共に警察に行くことにした。そして自分の目的は,加害者に損害賠償してもらうことではなく,事件が二度と起きないようにすることだと警察に伝えた。しかし警察は,告訴すると時間がかかり面倒になるからと言って,告訴せずに事件を処理するよう提案した。
それでYさんと夫は告訴せずに帰宅した。そのことを長老たちに報告すると,会衆の他の信者たちを守るためには告訴した方がよいと勧められた。それで数日後,Yさんと夫はもう一度警察に行ったが,すでにこの事件の調査を始めている警官がいるので,告訴するならその担当警官を呼び戻さなければならないとのことだった。Yさんたちはその警官と一緒に,事件が起きた集合住宅に行った。警察はYさんに,その部屋に住んでいる男性の写真を見せたが,Yさんも被害に遭ったもう1人の女性も,その写真の男性に見覚えはなかった。2人は事件が起きた部屋を確認したが,そこに単身で住んでいる男性は,自分たちに暴力を振るった人ではなかった。警察は,建物や階を間違えているのではないかと疑ったが,Yさんたちは,はっきり覚えていて間違いはないと断言した。加害者を特定できなかったため,警察はそれ以上のことはしなかった。Yさんは,近所の人が警察に何らかの情報を提供できたのではないかと考えているが,Yさんの知る限り,近所の人への聞き込みは行われなかったようである。
「その男性のことは気の毒に思います」と,Yさんは言う。「私はこれからも戸別伝道を続けますが,あの集合住宅にはもう行かないと思います。ちなみに,あそこでは他のエホバの証人たちも厳しい応対をされていました。でもだからといって,私はあの加害者に悪感情があるわけではありません。攻撃的な人たちはたぶん,メディアの報道にあおられているんじゃないかと思います。そういう人たちが今,増えています。でもその人たちは気付かないうちに,私たちが迫害されるという聖書の預言を実現しているんです」。

私たちは70代の快活な女性,Sさんとその夫にも会って話を聞いた。その体験はさらに衝撃的で,全国ニュースにもなった。2023年6月彼女は広島の隣の県(島根県)の,知的富裕層が住む職員宿舎で戸別伝道をしていた。Sさんは玄関のベルを鳴らし,7,8段ある階段を背にして立っていた。すると中年の男性が出てきてSさんの脇腹を蹴ったので,Sさんは階段から転落し,右手首を骨折してしまった。
Sさんはこの時,数人の仲間の信者たちと伝道していたのだが,その中にいた長老が彼女を病院に連れて行った。Sさんはこう話している。「とても怖かったです。もし警察に通報したら,あの男性が仕返ししてくるんじゃないかと思ったので,『警察には通報しないで』とずっとみんなに言っていました」。だが,病院のスタッフには事実を隠せなかった。翌日に手術が行われることになり,最終的に長老が警察に通報することになった。
Sさんが病院から帰宅すると,警察がやってきて,Sさんに事件を再現させ,写真を撮っていった。後日,Sさんはマスコミを通じて,その男性が逮捕されたことや,57歳の大学准教授であることを知った。Sさんは,「大学の准教授には全く見えなかったので,びっくりしました」と言った。男性が勤める大学も驚き,謝罪を表明したが,男性を短期間の停職処分にしただけだった。
数週間後,Sさんは検察官から連絡を受け,起きたことをもう一度話さなければならなかった。「怒ってはいませんが,今でも怖いです」とSさんは言った。「私はあの人に刑務所に入ってほしいわけではありません。ただ,二度と会いたくないんです。裁判であの人と顔を合わせる気力もないと思ったので,法テラス(日本司法支援センター)という所に行って相談したら,私の代理人になってくれる女性弁護士を探してくれました。彼女は相手の弁護士に連絡し,和解が成立しました。私は賠償金を受け取り,その准教授は今後私を探したり接触したりしないと約束しました」。

「
今はまた戸別伝道をしていますが,まだ階段がものすごく恐くて,その恐怖心と闘いながらやっています。エホバの証人の一人として,迫害に立ち向かう覚悟はできていましたが,日本のような平和な所で,身体的な暴力という形で迫害を受けるとは思ってもいませんでした」とSさんは語った。今年初めに4人の国連特別報告者たちが,安倍元首相銃撃事件後のエホバの証人に対する日本政府の対応を批判する書簡に署名した。それを受けて日本政府は,暴力を助長したり扇動したりする意図はなかったと回答している。もちろん国連特別報告者たちは,当局が暴力を組織していると非難したのではない。当局の対応が,宗教的マイノリティに対する偏見や疑念を助長する可能性があるという懸念を表明したのだ。だが,ヘイトクライムに関する学術的研究のほとんどが,ヘイトスピーチが広がった場合,特にその発信源が政府であれば,暴力が生じるのは必然だと結論している。

Massimo Introvigne (born June 14, 1955 in Rome) is an Italian sociologist of religions. He is the founder and managing director of the Center for Studies on New Religions (CESNUR), an international network of scholars who study new religious movements. Introvigne is the author of some 70 books and more than 100 articles in the field of sociology of religion. He was the main author of the Enciclopedia delle religioni in Italia (Encyclopedia of Religions in Italy). He is a member of the editorial board for the Interdisciplinary Journal of Research on Religion and of the executive board of University of California Press’ Nova Religio. From January 5 to December 31, 2011, he has served as the “Representative on combating racism, xenophobia and discrimination, with a special focus on discrimination against Christians and members of other religions” of the Organization for Security and Co-operation in Europe (OSCE). From 2012 to 2015 he served as chairperson of the Observatory of Religious Liberty, instituted by the Italian Ministry of Foreign Affairs in order to monitor problems of religious liberty on a worldwide scale.


