反カルトの「アブ・ピカール法」は実際の虐待に対して効果はなく、信教の自由に対する脅威である。政府はそれをさらに危険なものにしたいと思っている。
マッシモ・イントロヴィニエ
Read the original article in English.

フランスが2001年に物議を醸した反カルトの「アブ・ピカール法」を導入したとき、第1次草案では「精神操作」を罰しようとした。 フランスと海外の学者、および一流の法律専門家たちは、これは疑似科学であり、不人気な宗教を差別する手段であることが学者たちや数カ国の法廷によって暴露された疑わしい「洗脳」理論の同義語にすぎないと抗議した。
「精神操作」を禁止する法律が憲法上の問題に突き当たることを恐れた反カルト政治家たちは手を引いて、代わりに「脆弱性の悪用(abus de faiblesse)」を導入した。これは、「洗脳」を犯罪化するという彼らの意図を隠した、もう一つの表面的で意味論的なゲームだった。 しかし、存在しないなにかが具体的な害をもたらしたという証拠を見つけるのは困難であることが証明された。カナダの学者スーザン・パーマーが2011年にオックスフォード大学出版局から出版した高評価の著書『フランスの新しい異端』で立証したように、「アブ・ピカール法」は弱者には強く、強者には弱い。ある宗教運動に優秀な弁護士や専門家を雇うための資金が不足していれば、その指導者は架空の「脆弱性の悪用」で有罪判決を受け、刑務所行きになる可能性がある。膨大な資金を操るグループは、疑似科学の疑いをかけられた法律に異議を唱える方法を簡単に見つけるであろう。実際、本当に虐待(存在しない「洗脳」とは区別される)の罪を犯したグループでさえ、法律の曖昧な文言に乗じて罪を免れるかもしれない。
このことに気づいたのは学者だけではない。反カルト主義者や「カルト的逸脱」と闘うフランスの政府機関であるMIVILUDESもこの問題に気付いている。彼らは数年前から、MIVILUDES自体が主なターゲットであると指摘しているより大きな新宗教を「洗脳」罪で(どんな名前であれ)告発できるようにするための法改正を政府に求めてきた。
11月15日、政府は「カルト的逸脱との戦いを強化する」ための法案を提出した。「カルト」に対する新たな取り締まりの理由として、MIVILUDESが受け取る「通報」(フランス語で“saisines”)の数が増加していることがあげられる。「Bitter Winter」が立証したように、「通報」は実際の事件の報告ではなく、MIVILUDES に送られた簡単な質問が含まれており、間違っていたり操作されていたりする可能性が高い。
また、新型コロナウイルス感染症の期間中に「カルト」が成長し、一部が反ワクチンの考えを広めたとも言われている。したがって、「必要な治療を放棄させるか受けさせないための挑発」という、懲役1年と罰金が科せられる新たな犯罪が創設される。明らかに、これが引き起こす影響は新型コロナウイルスやワクチンをはるかに超えている。国務院が法案を検討した際、言論の自由と「科学的議論の自由」に対する脅威であるとして、この条項を削除するよう勧告したことに留意すべきだ。しかし、政府は国務院の勧告を拒否し、この条項を草案に残した。

反カルトの手段も強化される。反カルト団体が「カルト」を相手取った訴訟に民間機関として出席することが許されたり、裁判官や検察官は、彼らが審判対象とし、あるいは起訴しているグループに関してMIVILUDESの意見を求めることが奨励されたりするようになるのだ。
新しい法案の核心は、「心理的服従」という新たな犯罪の創設である。「重大な、ないし、反復継続する圧迫、または、人の判断を変更可能な技術の使用」によって被害者を「心理的服従」状態に置いた者は懲役3年の刑に処せられる。またもし、被告人がこれらの手法を日常的に使用する「組織的な一団」、すなわち「カルト」の一員である場合には、懲役7年の刑に処せられる。この犯罪が行われるのは、「心理的服従」技術の使用が「その人の身体的または精神的健康状態に重大な悪化を引き起こすか、あるいは、本人にとって極めて不利益な一定の作為・不作為に導いた」ときである。「心理的服従」は、事態をさらに悪化させる状況として、既存の犯罪にも影響を与えるであろう。
これが「脆弱性の悪用」に関する既存の規定とどのように異なり、なぜ政府が新たな犯罪によって現行法では捉えられていない「カルト的逸脱」を犯罪化できると信じているのかを理解することが重要である。「脆弱性の悪用」は現在、被害者が「脆弱な状況」にあり、心理テクニックによって、たとえば多額の献金をしたり、「カルト」リーダーに性的に身を委ねたりするなどの、自己加害行為に誘導された(と申し立てられた)場合に処罰される。新法案の序論的コメントの中で政府は、「アブ・ピカール法の現行の条文では、被害者を加害者の支配下に置くことを目的とした作用や技術によって決定される心理的または身体的服従状態を、直接的に有罪とすることは認められていない」と主張している。
新しい犯罪は2つの点で「脆弱性の悪用」とは異なる。第一に、被害者が「脆弱」な状況にある必要はない。誰もが「心理的服従」の被害者になる可能性があるのだ。第二に、被害者の精神的健康状態の悪化と、「洗脳」技術が被操作者を自己加害に導く虞があるという事実とを、「かつ」ではなく「または」で結びつけていることは極めて重大である。同じ紹介報告書が説明しているように、この「または」により、被害者が自己加害行為に誘導されたことが証明できない場合でも、「心理的服従」を処罰することが可能になるのである。「精神的健康の悪化」が起こったと主張するだけで十分であろう。
報告書はほぼ当然のこととして、心理的服従の状況は通常「被害者の精神的健康の悪化」を引き起こすと明記している。したがって、被害者が自傷的であると分類できる特定の行為を何も行っていなかったとしても、謎めいた「心理的征服状況を作り出す技術」を使用すれば処罰されることになる。結局のところ、反カルト主義者たちは、「カルト」への加入やそこに留まり続けること自体が精神的健康にとって危険であると主張しているのである。そして覚えておいてほしいのは、この理論を推し進めるために反カルト団体が裁判に参加することになり、疑問がある場合には検察官と裁判官はMIVILUDESの意見を求めるよう助言されるということだ。

どうやらフランスは2000年に戻り、2001年にアブ・ピカール法の起草者らが憲法上の懸念により断念せざるを得なかった「精神操作」という犯罪を再導入するつもりのようだ。ときにはフランスの国務院が緩和効果をもたらすこともある。この事案では、国務院は11月9日に法案について検討し、すでに述べた予備的見解を述べた。「洗脳」という新たな犯罪については、国務院は宗教の自由の侵害が問題となる可能性に留意している。しかし政府がやったことは、元の単語である「assujettissement」(征服)を「sujétion」(服従)に変更するよう提言しただけであり、そして、この犯罪は被告が被害者に対して行う一対一の操作に関するものであり、インターネットによるものを含む、複数の潜在的な被害者に向けられた操作的な言説一般ではないことを明記している。
これだけでは、宗教または信仰の自由に対する重大な侵害を回避するには十分ではない。新宗教運動の研究者のほとんどは、「洗脳」は存在せず、それを有罪とすることは基本的に虚偽であるという点で一致している。宗教的説得の通常のプロセスが、権力が「通常」であるとみなす信仰の対象と実践を持っている場合には「洗脳」はないと主張される。信念や実践が非伝統的であったり不人気であったりする場合には、これは「洗脳された」被害者だけに採用される証拠として提出される。なぜなら、彼らは「心理的征服」(または「服従」)の状態に置かれているからである。
フランス政府は、この新法によって信仰が犯罪化されるのではなく、特定の信念を奨励する技術のみが犯罪化されるのであると厳粛に宣言する。しかし実際には、ある信仰が「違法な」技術によって教え込まれたのだとされる証拠は、反カルト主義者、MIVILUDES、社会の大多数、あるいはメディアがそれを「カルト的逸脱」とみなしているということなのである。

Massimo Introvigne (born June 14, 1955 in Rome) is an Italian sociologist of religions. He is the founder and managing director of the Center for Studies on New Religions (CESNUR), an international network of scholars who study new religious movements. Introvigne is the author of some 70 books and more than 100 articles in the field of sociology of religion. He was the main author of the Enciclopedia delle religioni in Italia (Encyclopedia of Religions in Italy). He is a member of the editorial board for the Interdisciplinary Journal of Research on Religion and of the executive board of University of California Press’ Nova Religio. From January 5 to December 31, 2011, he has served as the “Representative on combating racism, xenophobia and discrimination, with a special focus on discrimination against Christians and members of other religions” of the Organization for Security and Co-operation in Europe (OSCE). From 2012 to 2015 he served as chairperson of the Observatory of Religious Liberty, instituted by the Italian Ministry of Foreign Affairs in order to monitor problems of religious liberty on a worldwide scale.


