政府は32件の民事訴訟を根拠としているが、その判決は統一教会に対する偏見に汚染されている。中には、ディプログラミングという犯罪行為を容認した判決もある。
パトリシア・デュバル著
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文部科学省が統一教会の解散を求める訴訟で依拠した32件の裁判所の判決には、審査手続きに明白な欠陥があり、公正な裁判を受ける権利を侵害している。
文科省が依拠する日本の民事裁判所の主な認定は、統一教会が地獄、因縁、贖罪の必要性について不安を煽ることで、献金勧誘行為の対象者に不当な影響を及ぼしたというものである。
文科省によれば、統一教会信者は、「原罪についての教義を教え」、献金者ないしその家族の因縁への「不安」を抱かせることで、献金者の「自由な意思決定」を制限し、「正常な判断を妨げた」という。
しかし、このような信仰は、キリスト教や仏教などの他の伝統宗教にも共通しており、人間の贖罪はすべての宗教の主要な目的の一つとなっている。
カトリック教会による贖宥状の販売はその解散を招かなかったし、煉獄の脅威も同様だ。
「不当な影響」や「精神操作」というのは曖昧で恣意的な概念であり、統一教会に対して差別的に用いられている。
どんなときに宗教的説教が「不当な影響」や「精神操作」とみなされるのか? それは統一教会によって行われたときだというのが裁判所の回答である。これは、「社会規範」という世論に基づいて作出した無効かつ差別的基準に違反しているから、という偽りの判断によるものだ。
しかし、司法裁判所においては世論を考慮すべき余地はない。公正な裁判を受ける権利が認められる以上、裁判所には、否定的先入観や有罪推定なく判断すべき義務がある。
「不当な影響」や「精神操作」という概念は、学者や法律専門家、そして裁判所によって国際的に否定されている。
欧州人権裁判所は、2010年6月10日のエホバの証人モスクワ支部対ロシア政府の事件で、「『マインド・コントロール』とは何かを巡り、一般に受け入れられた科学的定義は存在しない」と判示し、ロシア政府が主張する原告宗教法人の解散事由の根拠にはなり得ないと判断した。
日本の民事裁判所でも同様の「マインド・コントロール」理論が使われ、元信者が当時強い信仰心に基づいて献金したという被告側の証拠は退けられた。裁判官は、信仰心に関する証拠は考慮せず、「精神操作」という曖昧で恣意的概念を用いて献金を無効化し、信者の「自由意思を侵害」したとして教会に損害賠償を命じたのだ。
同じ前提に基づき、裁判所は統一教会側が主張した時効の抗弁を退けた。
これらの事件の事実関係は非常に古く、約20年から40年前のものであり、被告側はそれらが時効にかかっている(3年以上前の出来事)と主張した。しかし、裁判所は時効の適用を拒否し、「被害者」は教会の「不当な影響」を受けていたため、自分達が被害者であることを弁護士に会うまで認識していなかったと判示した。
これは、法律の差別的な適用であり、公正な裁判を受ける権利の重要な要素である原被告間の平等原則を侵害している。
さらに、裁判所の多くの判決には、「被害者」が「救出」または「保護」を受けたと記載されているが、これらは強制的脱会説得のソフトな表現である。つまり、彼らは棄教を強制され、教会を訴えるよう説得されたのだ。
従って、これらの事件自体が、反統一教会弁護士や強制的脱会説得専門家らが、強制的脱会説得を受けた元信者らに脱会の証として統一教会を訴えさせることで、意図的に作出したものだと言える。
さらに、彼らを棄教させるために強制が必要であったことから、彼らが献金時点では信仰心があったことが明らかだと結論づけられる。
神戸地方裁判所における尋問は、この点に関して参考になる。この事件で原告の家族らは親族である原告を統一教会から棄教させるために強制的脱会説得専門家であるプロテスタント牧師を雇い、信者を拉致監禁して強制棄教を行った。裁判所はその強制的脱会説得専門家に対する尋問を行ったのだ。同人は、強制下での「保護」や「強制的脱会説得」が当時全国で行われており、統一教会信者の「信仰的確信」を打ち砕くためには強制的な脱会説得が必要だったことを認めた。(神戸地方裁判所平成8年5月21日付証言調書25頁、平成8年3月26日付証言調書81頁~82頁)
強制的脱会説得の実態に関する詳細な報告を受けた自由権規約人権委員会は、2014年8月に日本に対して次のような勧告を行った:「21. 委員会は、新宗教運動の回心者を棄教させるための、彼らに対する家族による拉致および強制的な監禁についての報告を憂慮する(2条、9条、18条、26条)。締約国は、全ての人が自ら選択する宗教又は信念を受け入れ又は有する自由を侵害するおそれのある強制を受けない権利を保障するための、有効な手段を講ずるべきである。(2014年8月20日付総括所見、CCPR/C/JPN/CO/6)
数か月後の平成26年11月、そのような悪行の被害者である後藤徹氏が、家族および2人の強制的脱会説得専門家を提訴した民事訴訟で、東京高等裁判所から初めて多額の損害賠償を認められた。後藤氏は12年間にわたる違法な監禁と、棄教強要のための強制的な脱会説得に遭ったが、その試みは失敗に終わったのであった。裁判所は、被害に見合った損害賠償を認め、松永堡智牧師による「強制的脱会説得」が違法であると判断した。この判決は、まもなく最高裁でも支持された。
この後、強制的脱会説得活動が終わったように見えたが、統一教会とその信者を排除しようとする試みは続いており、現在に至っては、日本政府が申し立てた解散命令請求という形で具現化している。
文科省が教会の宗教法人解散を求めるために依拠している32件の不法行為訴訟のうち、裁判所の認定によれば、121名の原告は「強制的脱会説得」を受けたか「保護」されている。
民事裁判所は、強制的脱会説得専門家の証言を聞くか、あるいは少なくとも強制的脱会説得の事実を知っていながら、下した判決においてはこれらの強制的活動について沈黙を守った。しかし、統一教会が平和的な布教活動を行って信者を入信させたことに対しては、そもそも強制など行われていなかったにもかかわらず、「自由意思の侵害」があったと認定したのだ。
公正な裁判を受ける権利に対する侵害であるとの弁護団の主張に対して、唯一、札幌高等裁判所だけが判決理由中で強制的脱会説得に言及した。弁護団は、多くの被控訴人ら(元信者ら)が、身体的自由を拘束されるなどの手段によって棄教に至っていることは重大な問題であり、これを無視した判断は司法の公平・公正に反すると主張した。
高等裁判所は平成15年3月14日付判決で、以下のとおり判示した:「上記認定のとおり、被控訴人らはいずれも控訴人を脱会(棄教)した者であり、脱会に至るまでの過程において親族らによる身体の自由の拘束等を受けた者も多く、このような拘束等は、当該被控訴人らとの関係においてそれ自体が違法となる(正当行為として許容されない)可能性がある。しかし、それは上記のような行為をした者と当該被控訴人らとの関係であり、必要に応じて別途処理されるべきことがらにすぎず、このような事情が存在することは控訴人の被控訴人らに対する責任に何ら消長を来すものではない(むしろ、その終期をもたらしたものといえる)。」(判決文24頁)
そして裁判所は、弁護団による「裁判の不公正性」に関する主張を退け、教会の献金勧誘行為によって献金者の自由意思が侵害されたと判断した。
裁判所は、献金者の信仰が元々強く、彼らの意思を変えるために暴力や強制が必要だったという事実を考慮に入れることを拒否した。
さらに驚くべきことに、監禁や強制的脱会説得が違法であるとしながら、それを別の私的な問題として片付けたのだ。裁判所は、この問題は事件とは無関係であり、むしろ「教会の責任の終期をもたらした」と述べ、教会が信者に対して不当な影響を及ぼすことを終わらせたと判断した。
これらのことから、裁判所が明らかに偏見を持っており、「強制的脱会説得」活動がどれほど違法であっても、暗黙の承認を与えていることが明らかだ。
また、こうした裁判例を根拠に教会の解散を求める日本政府(文科省)もまた強制的脱会説得を承認していることが、明らかである。
これは明らかに、自由権規約第18条第2項に違反している:「2. 何人も、自ら選択する宗教又は信念を受け入れ又は有する自由を侵害するおそれのある強制を受けない。」
また、これは公正な裁判を受ける権利を保障する第14条にも明らかに違反する。